この訓は,モノを創造するイマジニア達は,あくまでも顧客の視点でモノを作ることが何よりも大切であって,自分たちの理想やイメージ,夢を具現化するものではない,という教えである。「顧客のために」とか「ユーザーを知れ」とか,似たようなことはどこにでも言われているし,たぶん読者の方々も耳にタコができるほどこのセリフを聴かされたことだと思う。その重要さについても十分に認識されていると思うので,今さら話すことはなさそうだ。

 それでも,この訓をみるたびに感心してしまう。それが意味するところではなく,その表現方法に驚かされるのである。「顧客の靴を履け」とは,原文である「Wear Your Guests' Shoes」という言葉の直訳である。どちらをみても,誠心誠意とか一心不乱とか死んだ気になってとか,そんな強調表現は一切ない。それにもかかわらず,何ともインパクトの強い表現である。それは,「ユーザーを知る」といった概念論的表現ではなく,きわめて具体的な表現であることと無縁ではないだろう。

 具体的だから,すぐに頭に具体的なイメージが湧く。いくばくかの人たちは,頭の中で他人の靴を履くシーンまで想像してしまうかもしれない。そこで感じるのは強い違和感や拒絶感ではないだろうか。他人の靴は,自分の足とはサイズが違うだろうし,歩き方は千差万別なので靴底の減り方も違う。ひょっとしたら,足のにおいが染み付いているかもしれない。悪臭でも自分のにおいなら我慢ができるが,他人のにおいはなかなか耐え難い。そんな靴を履くのは,どうにも気持ちの悪いことである。

 それは生易しいことではない。それなりの覚悟がいることである。それをしなさいと訓はいう。「ユーザーのことを知りなさい」なら「あ,それならとっくにやってますから」と軽く言えるかもしれないが,「靴を履いているか」と聞かれると,どうにも自信がなくなってしまう。「そこまでやらなければならないのか」と,改めて考え込んだりもする。実に,表現としてよくできた訓示だと思う。

 これは一つの例だが,ディズニーランドでは,こうしたウィットに富んだ表現や単語を訓示にとどまらず,広範囲かつ日常的に使用している。