以前、私がディズニーランドに勤務し始めた新入社員のころ、こんなことを上司に指摘されたことがあった。アトラクション(乗り物)の入口で入場者を案内するのが私の担当だったのだが、こう言って案内していた。「大変申し訳ございません。現在、このアトラクションは、こちらの最後尾から約2時間お待ちいただくことになっております。お並びの方はこちらからどうぞ」と。私は園内が非常に混雑していて、ボートに乗ってわずか10分足らずで終わってしまうアトラクションに2時間も待っていただくのは申し訳ないという「お詫び」の気持ちがあったものだから、何気なくそれが出てしまったのである。
しかし、それを聞いた上司は、すかさず言った。「今のそのスピール(案内)はおかしいぞ。なぜ、申し訳ございませんと謝らなくてはならないんだ」。彼の指摘はこうである。確かに、謝りたくなる気持ちは分からなくはない。しかし、案内係が本当にやらなくてはならないことは謝ることではなく、きちんと現状のサービスレベルを説明し、正確な待ち時間を案内することなんだと。
それは、未熟者だった私には理解し難い説明であった。お客様に申し訳ない気持ちであったことは間違いない。だから「申し訳ございません」と言った。しかし、それはスタッフ側の過失ではないのだから謝らなくてもよいと上司はいう。まあ分かるけど、別に謝ってもいいじゃないか。そう思ったものである。
しかし今では、その指摘が理解できる。「謝らなくてよい」と文字にしてしまうと高飛車に見えてしまうかもしれないが、そこで謝るということは、やはり「おかしなこと」であり、顧客への態度、スタンスとしては不適切なことだったと思う。もちろんサービスや商品の性格、種類によるけれど、ときとしてスタッフの卑屈な態度が、その提供者に寄せていた信頼を損なわせ、結局は顧客を不快にさせてしまうことすらあるからである。
欧州の高級ブランド品などを例にとれば分かりやすいだろう。それらを扱う店にもいろいろあるが、直営店などでは「欲しければ売ってあげてもいいよ、もちろんあなたがそれにふさわしい人ならね」みたいな感じで、卑屈な媚びやへつらいはまず見られない。では、そんな直営店で「まぁ、お似合いだこと奥様、これお値打ちなんですよ、今ならこの限定ストラップもサービスします」、「そこの社長さん、見るだけでいいから、さぁさぁ、今お茶をお持ちしますよ」みたいな、プライドのカケラもないような売り方をされたら、顧客はどう感じるだろうか。想像するに、「憧れのブランド」の「憧れ」の部分が霧散してしまうだろう。
顧客がサービスや商品に満足するのは、それらを通じて提供者と受容者の間に想いや夢のようなものが通い合うからではないかと私は思う。しかし、どちらかが高位に立てば、一方的に流れることはあっても通い合うことはない。つまり、win-winの関係にはなれないのである。
分かっていても、業績が悪くなるとついつい卑屈になって顧客に媚びてしまう。そんなときこそ「顧客を知る」という基本に返らねばと、思う次第である。