承前

技術の「目利き力」の3つのパターン

 いよいよ最終回である。技術の「目利き力」とは何か、という難題を投げかけて得られた私なりの回答を、まずまとめておこう。

 まず、技術イノベーションにかかわる知的営みを表現する空間として、図8に示す3次元空間を考える。そして、この3次元空間の中でイノベーション・ダイヤグラムを描くことにする。すると、技術の「目利き力」には次の3つのパターンがあることがわかる。

 第1のパターン。

 図8において、特に「知の具現化」と「知の創造」で張られる2次元空間を考える。既存技術Aから出発し「知の具現化」軸方向に進むことで得られる「パラダイム持続型」の技術をA’とする。一方、ゴール設定すべき技術をA*とする。

 このとき、既存技術Aの全体像を俯瞰して、コンカレントにA’ = A* か、それとも A’ ≠A* か、を判断する能力が「目利き力」の第1のパターンであった。A’ ≠A*と判断した場合には、A →A’ をやめて「土壌」にもぐりこみ、A →S → P →A* を選ばなければならない。つまり第1のパターンとは、ゴール設定した技術と既存技術との乖離を正しく評価して「パラダイム破壊型」のプロセス(A→S→P)を選ぶことのできる能力のことであった。

図8. 技術イノベーションの知的営為にかかわる3次元空間
知の創造(演繹的思考)、知の具現化(演繹的思考)、回遊的思考の3軸で張られる。この空間を用いてイノベーション・ダイヤグラムを描くと、技術の「目利き力」の3つのパターンを統一的に描くことができる。

 第2のパターン。

 A →A’ のプロセス、すなわち「知の具現化」のプロセスにおいて、既存の評価軸に基づいた性能や機能を高める方向に開発を進めるのではなく、何を評価軸にすべきかを問いかけ新しい評価軸を発見する能力が「目利き力」の第2のパターンであった。

 前者つまり「既存の知や技術をいかに統合するか」を解決する思考を「演えき的思考」と呼ぶことにする。一方、後者つまり「何を評価軸にすべきか」を発見する思考を「回遊的(Transilient)思考」と呼ぶことにする。そして「知の具現化」のサブ空間として、図8に示すように「演えき的思考」と「回遊的思考」から張られる2次元空間を考えたとき、第2のパターンとは、この「回遊的思考」の次元(A→B)にすすむことのできる能力のことであった。

 第3のパターン。

 「土壌」の中の「知の創造」のサブ空間として、第2のパターンのときと同様に「演えき的思考」と「回遊的思考」から張られる2次元空間を考える。なお「知の創造」は「土壌」の下でしか行なわれないので、図8のように、「回遊的思考」の次元を第2のパターンと共用しても混乱を生じない。

 このように空間分解すると、「土壌」の下における「回遊的思考」の次元は、学問分野(Discipline)のスペクトルを意味することになる。学問分野の一つ一つは不可避的に固有の評価軸をもち、しかもその各々にかかわる集団は固有のスキーマをも持っている場合が多いので、回遊(Transilience)を阻むバリアとなる。そのような状況においても学問分野間のバリアをまたいで「回遊的思考」の次元(P→P2)にすすめる能力が、技術の「目利き力」の第3のパターンであった。