そんなとき、私はこの言葉を思い出すことにしている。「逃げない!晴れ晴れと立ち向かう!」。前衛画家の故岡本太郎氏の言葉である。

 多くの芸術家がそうであるように、彼も生涯を賭けた活動の中で、何度も挫折を味わったことだろう。芸術家の場合に深刻なのは、その繊細さ、感受性の強さゆえ、挫折によってあまりに深く傷つき、死に匹敵するほどの苦しみを感じてしまうということであろう。そのたびに、逃げ出したくなるのが人間である。でも、逃げちゃいけない。そのことを「逃げない」と自己暗示のようにまず宣言し、さらには「晴れ晴れと」と、何とも明るく自身を叱咤激励する。その言葉に、私までついつい激励されてしまうのである。

 実はここのところ連日、その言葉を思い出しっぱなしであった。今、皆さんがこうして読んで下さっている文章を書き上げるために、実は何十回も書き直したのである。何度も何度も書き直して、ようやく自分でも納得できるものが仕上がる。それを勇んで担当編集者にお送りすると、山のようなダメ出しコメントをもらってしまう。それがくやしいことに、どれも「おおせの通り」なのである。それで一生懸命改良し、「これで完璧だろう」と再提出するものの、また赤字の山。このプロセスが何度続いたことか。

 でも、そのプロセスを経たからこそ今の自分がある。これまで考えもしなかったことを考えるようになり、これまで気付かなかったことに気付くようになった。例えば、何時間にも及んだ打ち合わせのなかで、ふと編集者の方がこんなことを言われた。

 「このコラムの役割は、情報を提供するのではなく、読まれる方の頭にある『考えるスイッチ』をオンにするものだと思うんです。単なる情報なら、ネットを探せば山のようにありますから」

 かつての私ではれば、そんなことを言われても気にもとめず、ただ愛想笑いをしていたと思う。けど、プロセスを経た私は、この言葉に大いに刺激された。その重要な役割を担わせていただけることに大きな悦びを感じ、やる気をあおられた。だからこそ、その後もずいぶん続いた苦しみを乗り切ることができたのだと思う。

 けれどもその苦しみのプロセスは、まだまだ序の口である。次回から、かつて在籍したディズニーランドで見聞きした「魅せる」ためのノウハウについて書いてみようと思っているからである。その苦しさがどの程度のものなのか、今はまだ想像さえもできないのだが。