「貴殿が責任を取るのか?」
鈴木がメールを送信し終わったときは既に午後3時を過ぎていた。つまりほぼ一日中,彼は米国工場のバイヤーからの電子メールわずか1通に対応していたことになる。
夜になり,そろそろ帰ろうかと思った時だった。鈴木の携帯電話が鳴り出した。電話番号は「表示不可能」となっている。鈴木は誰かな? と思いながら携帯電話に出る。
「もしもし,鈴木です」。
「Hello, I am calling to Mr. Suzuki ?」英語だ。
「I am Mike, calling from Missouri Plant」。どうやらマイク何とかという例のバイヤーからの電話のようだ。
「○×△△????○○××△△????」
その後はほとんど聞き取れない。
鈴木は彼の持っているだけの英語力で「私は英語が苦手だから,とにかくメールをしてくれ」とだけ伝えた。
Mikeは最初のうちは機関銃のようにしゃべっていたのだが,そのうち鈴木が理解できていないと悟ったのか,最後にSee you soon. と言って電話を切った。
鈴木はとりあえず待つしかないなと思い,パソコンのメーラーにMikeからのメールが来るのを待っていた。
既に時間は夜10時を回っており,相談相手の先輩エンジニアの佐藤も帰宅してしまった。
「来ないな,帰っちゃおうかな」と思った矢先,Mikeからのメールが鈴木の受信箱に落ちた。
要約するとこういうことのようだ。
「今回のサプライヤーは既にミズーリプラスチックスに決定しており,たとえ本社の要望であってもサプライヤー決定の権限は工場の購買にある。設計にサプライヤーを変更しろという権限はない。ミズーリプラスチックの設計変更の要望が飲めないのであれば,品質の保証ができない。
サプライヤーの工場に不良品の山ができたら貴殿が責任を取るのか? ましてや今回のこの新製品開発は本社主導のコラボレーション・プロジェクトの一環である。つまり早期にサプライヤーを巻き込み,開発段階から彼らの提案を吸い上げ,コスト削減を推進する試みである。プロジェクトの狙いに沿って設計変更の提案をしているのに,時間がないという理由で対応しないというのは正当な理由にならない。とにかく貴殿の部署あてに設計変更依頼を送付するから,設計の正式な回答を早急にもらいたい」。
「なんだ,これは。向こうの方が無茶なことを言っているだけじゃないか」。
鈴木はとにかくすぐにでも相談できそうな相手に相談するべきだと思った。
佐藤さんに相談してみよう。
「プー,プー,ただいま電話に出られません。メッセージをどうぞ」。つながらない。
次に鈴木の頭に思い浮かんだのは,購買部の田中だった。
「プー,プー」電話に田中が出た。
「鈴木さんか? 夜遅くまで大変だな。何か用か?」
「すみません。ちょっと今すぐに伺いたいんですけど」。
「どうぞ」。いつものぶっきらぼうな返答だった。
* * *
鈴木は,購買のフロアにまだ残っている田中のところに来た。
「田中さん,ミズーリ工場のMikeさんって知ってますか?」
「知ってるよ。最近大手自動車メーカーの購買部から転職してきたヤツだ」。
「彼からこんなメールが来たんです」。
田中は鈴木のメールのコピーを受け取ると読みながら笑いだした。
「わははは,いかにもヤツらの言いそうなことだ」。
「笑っている場合じゃないですよ。今日一日中かき回されっぱなしですよ。どうしたらいいんですかね」?