また,設計部門には設計効率化のための地道な努力を期待したい。効率的なデザイン・ツールの有効利用や「Cell」などの標準化プロセサの積極活用,FPGAを利用した試作工程のコスト削減と開発時間の短縮などが効果を上げるはずだ。

 デザイン・ハウスの手法に倣うのもいい。デザイン・ハウスでは,アルゴリズムや設計ツールを熟知する技術者が,LSI設計技術(回路設計,レイアウト設計),評価技術などを一貫して担うことが多い。設計者のスキル向上を通じて生産性の向上が図られている。一方,日本のIDM(Integrated Device Manufacturer:垂直統合型の半導体メーカー)では,回路,アルゴリズム,信号処理が分担される場合が多いと聞く。一見,効率的なようだが,実は分担のつなぎのところでやりとりがうまくいかないことも少なくないという。回路とアルゴリズムと信号処理を同じ技術者に任せて熟練エンジニアが誕生すれば,生産性が大いに向上する可能性がある。あるいは自社開発だけに頼るのではなく,デザイン・ハウスとの提携を積極的に進めるのもいいだろう。

 このほか,再編後の半導体メーカーの経営で実現してもらいたい点として,ファウンドリーの有効利用を挙げておく。現在,日本の半導体メーカー大手でファウンドリーをビジネスにしているのはNECと富士通。再編後はファウンドリーを主として外部に求め,自社工場稼動の安全弁として利用することが望ましい。日本国内のファウンドリーは自動車向けなどシビアな品質が要求される分野を担い,それ以外を海外に任せるのが理想的ではないだろうか。自社工場への直接投資は抑えて,好調時の増産はファウンドリーまたはOEMでまかない,不況時は自社工場の稼動にまわす。その自社工場では外国人労働者を多く採用するのがいいだろう。コスト低減や柔軟な運営に効果があるはずだ。

「勝つ」と信じて勝つ

 各社の文化の違いはなかなか乗り越えがたい問題ではあるが,長所にもなる。奇麗事のそしりを怖れずに言えば,異質な文化や多様な思考方法は戦略的メリットとなりうる。異なる知見に触れることは知的な刺激となり,組織の活性化につながる。議論を通じてそれぞれの意見の長所や短所が明確になり,より“きたえられた”戦略が構築できる。米国社会がそうであり,異業種交流で成果が出るのもそのためである。参画メンバーが勝つために真摯に戦うこと,自分たちの生きる道はそれしかないことを十分に自覚することが肝要だ。

 経営トップには,経営環境に言い訳を求めない姿勢も求められる。経営の難題に直面したときに出てくる「日本は特殊だから」「労働組合があるから」云々のエクスキューズを考え直してみてはどうだろう。はたして本当に日本は特殊なのか。なるほど,単一に近い民族構成,均質的な人材,終身雇用制など,世界の多くの国とは異なる特徴を持っている。では米国はどうか。数多の人種が暮らし,軍隊を世界中に派遣し,労働人口の流動性はきわめて高く,人材の確保が難しい。人々の教育レベルは大きく異なり,質の高い労働力が揃っているとは言いがたい。中国はどうか。世界一の人口を持ち,内陸部と沿岸部で大きな格差があり,社会主義と資本主義が同居している。韓国は朝鮮半島を二分する分断国家で,国防力の強化維持が必須,緊張感が日常化した社会である。特殊でない国など世界のどこにもない。“特殊”な状況を前提として,浮上する数々の問題に前向きに取り組んでいく以外に成功の道はない。経営者は強い気持ちで“会社が何をしようとしているのか”を前面に打ち出し,技術者から疎外感や不安を遠ざけてやるべきだ。

 個人的な話で恐縮だが,私が米Applied Materials, Inc.(AMAT)での10年間で学んだ最たるものは「絶対に勝つ!」という強い信念だった。AMATは全員がこの信念のもとに結束していた。これは当たり前のことのようで,しかし簡単なことではない。日頃は対立している派閥が,勝つためにはものすごい集中力を見せ,進んで協力しあう姿は感動的ですらあった。日本の半導体業界に欠けているのは,実はこの単純な「どうしても勝つ!」という信念ではないだろうか。

 自動車を制し,ゲームを制し,ロボットを制しつつある日本である。薄型テレビの大手メーカーも擁している。強いアプリケーション(半導体の応用製品)が国内に存在するのだ。パソコン用MCUを制した米Intel Corp.やメモリを制した韓国Samsung Electronics Co., Ltd.を超えるチャンスはまだ残されている。決して勝てない戦いではない。経営者から技術者まで全員が一丸となって,強い信念のもと,日本の基幹産業の成功を勝ち取ってほしい。