話が少し変わりますが、ソニーの出した最新式のヘッドホンの一つに位相キャンセレーション機能搭載型というものがあります。みなさんご存じのことと思いますが、周囲から耳に入ってくる騒音に対して、ちょうど打ち消し合う逆位相の音波を発振することで無音にしてしまうというハイテクです。もともとは米国のボーズ社が先鞭をつけた技術で、そもそもは軍事目的で鍛えられた技術でした。航空母艦の甲板などのようにジェットエンジンの大音響の中で作業指示の連絡を取り合ったりするシーン向けに開発された経緯があります。まさに軍事大国アメリカならではの技術育成ルートです。

 ここで、私の妄想によるソニーによる架空のヘッドホン開発史を展開してみましょう。今となっては問題となっているヘッドホンからのシャカ音漏れによる迷惑問題です。ウォークマンの本来コンセプトである「周りに迷惑をかけない」という部分に対して、愚直に取り組む開発姿勢が終始徹底していたならば、音漏れ問題は早い段階から最重要の技術課題となっていたことでしょう。技術にこだわる社風があり、特に自社独自技術の開発に自負とプライド意識の高いソニーの開発陣のことですから、真剣に取り組んだ結果として、位相キャンセレーション技術を独自開発し、世界に先駆けて音漏れ防止用に搭載することに成功していたかもしれません。

 この妄想ストーリーの中に大事なポイントは二つあります。位相キャンセレーション技術を外からのノイズカット用ではなく外への音漏れ防止用に使うという点が一つ。つまり技術ではなく機能が逆転している点です(本当に技術的に有効かどうかという点はとりあえず抜きにしましょう)。もう一点は、その技術開発の動機付けが「周りに迷惑をかけないため」という上品でヤンゴトナキ発想に基づいている点です。敵を殺す戦争用の技術転用ではないということなのです。この点はずいぶん書生臭い話にも聞こえるでしょうけれど、アメリカという戦争行動を行い続けている当事国と、憲法で軍隊の存在をいまだに否定しているわが国では、結局そうなるしかないと思います。

 軍事技術開発やセキュリティ技術の領域は、どんなにひっくり返っても戦争当事国には敵いません。切実度が決定的に違います。じゃあ何で勝てばいいんだよということを考えるとき、反対語を考えるしかないのです。殺傷由来技術の反対語です。「環境技術」「身障者対応技術」「高齢者支援技術」「楽しい面白い技術」「嘆かわしい技術」「モラトリアム向け技術」「引きこもりのコミュニケーション技術」「上品贅沢な技術」「カワイイ技術」などなど・・いろいろ反対語はありますが、どれをとっても日本が強そうな気がしませんか?この手のボキャブラリーなら、ある意味世界最強な気さえしてきます。青臭くて、恥ずかしいことと自虐的になるのではなく、胸を張ってこの上品さを機能に変える姿勢が大事です。「戦争技術のような卑しい出自の下衆な技術とは違うのじゃ」という開き直った自負です。

 「周囲に迷惑をかけない」という目的だけの一点攻めで真剣になって技術を開発し、その結果「外向けの位相キャンセレーション技術」という超ハイテクを実用化してしまったソニーという妄想のソニーがあったとしましょう。それは、ソニーの哲学ブランドを一層強固に世界中の若者に焼き付けることとなったはずです。軍事技術は弱くとも、尊敬され一目置かれる者になれると信じます。ジャイアンではなくノビ太の生き方という言い方ができるかもしれません。