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名工、三代目長太郎(ちょうたろう)による総火造りの羅紗切り鋏(らしゃきりばさみ)。
名工、三代目長太郎(ちょうたろう)による総火造りの羅紗切り鋏(らしゃきりばさみ)。

 閉じた鋏(はさみ)を光にかざしてみると、刃と刃の間から光が漏れてくる。2枚の刃を固定するネジのあたりから刃先にかけて漏れる光は、よくみると細長い楕円形になっている。今度はいっぱいに刃を開いてから、少しずつ閉じていく。すると、刃と刃が合わさる部分に黒い点が現れる。そのまま閉じていくと、黒点も同じ速度で滑らかに、ネジのあたりから刃先に向かって移動していく。刃先まで到達すると、手にわずかに強い抵抗がかかり、2枚の刃がぴたりと閉じる。そして、最初と同じ細長い光が差し込んでくる。

 2枚の刃が当たる黒点は、テコの原理でいう作用点となる。いい鋏は、常にこの1点のみで2枚の刃がすり合いながら移動していく。だから、スムーズに動いて手の動きに敏感に反応し、対象を思い通りに切り分けることができるのだ。そのような理想的な状態に調整された鋏の切れ味は、背徳を感じさせるほど滑らかで、官能的ですらある。

鋏の「調子」を取る、三代目長太郎、石塚昭一郎。
鋏の「調子」を取る、三代目長太郎、石塚昭一郎。

 もちろん、一口に鋏といっても、用途によって無数の種類が存在する。しかし、2枚の刃がすり合わさって対象を切るという原則は不動で、先に挙げた「理想的な状態」は、どんな鋏でも変わらない。そして、滑らかな切れ味という点において見てみれば、世界最高峰の水準を持つ鋏の一つが日本の鋏であり、その典型例が東京の鍛冶の手によって作られる羅紗切り鋏(らしゃきりばさみ)ということになるだろう。 「この感覚がすごく気持ちいいんですね」

 自らが作り上げた羅紗切り鋏を開閉しながら、石塚昭一郎が口を開く。刃のすり合わせが、調整する前から理想的な状態になっているのだ。 「すり合わせの加減が元から先までずっと同じですね。この最後の仕上げの段階で、もう何もしなくてもいい。こういうのが一番いいんです」