腐らないのはいいことか

 なるほど、で、世間はこのリンゴにどう反応しているのだろうか。そう思っていろいろ検索してみると、まあ、ものすごい数のサイトがヒットした。Googleでは118万件もある。もちろん、すべてが木村さんのリンゴに関するものではないだろうが、少なくとも上位のものはみな、それに該当するもののようだ。拾い読みしてみると、まあ、ものすごい。絶賛の嵐である。ご本人の意向はともかく、いつしか神輿のように担ぎ上げられて、なんだかよく分からない状況が生まれているようだ。

 それら賛美の中で、必ずといっていいほど触れられているのが、「奇跡のリンゴは腐らない」ということである。普通のリンゴは、切ったまま置いておくと茶色く変色し、やがて腐ってしまう。ところが奇跡のリンゴは腐ることなく、ドライフルーツのように小さくしぼんで、それでも甘い香りを放っているのだという。「まさに奇跡である。これはすごい」ということで、多くの方がこのことを非常にポジティブにとらえている。

 例えばある方は、「1年前のりんごでも、いい香りを放ち、食べるとアップルパイのようにとろけるうまさ」だったと証言する。そして、それこそ植物の「本来の姿」なのだと力説する。「これは植物全体に言えることですが、本来彼らは、決して腐りはしません。どれもみな枯れてゆくものです。もちろん野菜や果物もです。しかし、今わたしたちが口にする作物のほとんどが、そのまま置いておいたら腐ってしまうものばかり。どこかおかしいですよね」。

 ここまで読んできて、ものすごい疑念が湧き起こってきた。というのも、以前に私はさる自然食品店の店主に、まったく逆の説明を受けたことがあるからだ。「ウチの野菜や果物は、腐りやすいですから早めに食べてください。昔の野菜や果物って、すぐに傷んだものですよね。ウチのも同じです。でも今、スーパーとかで売っている野菜や果物はなかなか腐らない。それは、農薬や防腐剤がふんだんに入っているから。腐るのが普通なのに腐らないのはなぜかって、消費者の方は真剣に考えた方がいいですよ」。

 まったく逆の話ではあるが、どちらも聞くと「うんうん、そうかも」と思ってしまう。でも、よく吟味するとどちらも強固な実証的根拠がありそうな言い分ではない。

 「何だかなぁ」とか思いつつ先を読み進んでいると、リンゴが腐らない理由を「りんご自体に力があるため」などと説明していることを知った。「だから酸化防止剤は不要」なんだと。これを読んでかなり逆上してしまった。何だって言うのよ、その酸化防止剤よりスゴい「ちから」って。そんなワケのわからない説明で一蹴されてしまう酸化防止剤がかわいそうである。