同法は単に削減目標を掲げるものではない。その意欲的な目標を実現するための仕組みをとして、例えば5年ごとに見直しをする「炭素予算(排出できるCO2の量を予算に見立てて計画的に配分する)」を組むこともしっかり決められた。そのガバナンスのための特別の委員会も設置された。大事だけではない。レジ袋の制限も盛り込まれている。さすが英国である。やることがキッチリしている。

 昨年の夏、こんな話を聞いた。もともと気候変動法案は前任のブレア首相の手で作られた。その法案が後任のブラウン首相の机の上に置かれると、彼はペンをとり、「60%」を消して「80%」と書き直したそうである。なぜ、ブラウン首相は「低い目標より高い目標の方が良い」と考えたのか。われわれもそのことをじっくり考えてみた方がよいのではなかろうか。

 政治がこんな風に動けるのも実は国民の支持があるからであろう。いや、世論が先を走り、政治がそれに応えるといった感じなのかもしれない。民間においても、カーボン・フットプリント(生産や流通の過程で出たCO2の排出量を記載したもの、例えばポテトチップスの一袋には75gと記載されている)の標準化など、「見える化」がうんと進んでいるのも英国である。

 いま、日本でも広がり始めたカーボン・オフセット(自分の出すCO2を他所で減らした削減枠をお金で買って消す)が始まり、広がったのも英国である。英国の中央政府の役人は遠方へ出張すると飛行機の出すCO2をオフセットするそうである。もちろん、税金を使って。社会の中に温暖化への取り組みがうまく浸透し始めているようである。

 これだけを見ても、欧米では新しく大胆な発想の温暖化政策が打ち出され、それが実行されることですでに社会が大きく変化し始めていることがお分かり頂けると思う。「CO2を減らすにはコストがかかる」「これ以上の削減は無理だ」・・・。そんな後ろ向きの話ばかりが聞こえてくるわが国は、完全に取り残されてしまったような気がする。同じ「落伍組」と思っていた米国が大きく舵を切ったいま、その寂寥感はますます深まっていく。では、これからどうすべきなのか。それを次回からじっくり考えてみたい。

著者紹介

末吉竹二郎(すえよし・たけじろう)=国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEPFI)特別顧問


1945年1月、鹿児島県生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱銀行入行。ニューヨーク支店長、同行取締役、東京三菱銀行信託会社(ニューヨーク)頭取、日興アセットマネジメント副社長などを歴任。日興アセット時代にUNEPFIの運営委員会のメンバーに就任したのをきっかけに、この運動の支援に乗り出した。2002年6月の退社を機に、UNEPFI国際会議の東京招致に専念。2003年10月の東京会議を成功裏に終え、現在も引き続きUNEPFIにかかわる。企業の社外取締役や社外監査役を務めるかたわら、環境問題や企業の社会的責任(CSR/SRI)について、各種審議会、講演、テレビなどを通じて啓蒙に努めている。趣味はスポーツ。2003年ワイン・エキスパート呼称資格取得。著書に『日本新生』(北星堂)『カーボン・リスク』(北星堂、共著)『有害連鎖』(幻冬舎)がある。