典型例でいえば、米国ではエンロン社の破綻、日本では偽装問題で破綻した多くの食品関連企業などなど、多くの従業員は「それは絶対に間違っている」「続けていればいつかはバレて破綻する」と分かっていたはずだ。けれど、経営陣や上司に本当のことを言う人は、たぶん極めて少数だった。多くの社員は「あなたはハダカですよ」とは言えなかった。つまり、部下の阿諛追従あゆついしょうや沈黙が、多くの悲劇を生んだというわけだ。

 それは部下の責任だと思われがちだがそうではないのだと、ルーシーがこんな実例を教えてくれた。

 ハリウッドの映画制作者サミュエル・ゴールドウィンは20世紀の映画王と呼ばれた人で、35年間に何本もアカデミー賞を受賞する卓越した映画を作り上げた。マーロン・ブランド、ゲイリー・クーパーなど数々の俳優や監督を見出したのも彼だった。ただ、やたら怖い人だったらしい。怒ったときのすさまじさは筆舌に尽くしがたいものだったとか。そんな天才にもスランプはある。失敗作を連発して落ち込んだ彼は、部下を呼んでこう言った。「私の周りにイエスマンはいらないのだよ、君たち。今、この会社のどこがどう間違っているのか、ぜひ本音が聞きたい。首覚悟の勇気をもって、はっきり言ってみたまえ」。

 それはぜったい無理だろう。だって、怖いもん。

 こんな話もある。ソビエト連邦の元首だったニキータ・フルシチョフ。冷戦時代を象徴する恐ろしい人物である。国連の会議で靴を脱ぎ、その靴でテーブルを叩くという行動をとるような人物だ。その彼は自由化を推進するため、故スターリンの独裁者ぶりを痛烈に批判した。スターリンが行った残虐行為を世界に向け次々と暴露していったのだ。

 その彼がアメリカで記者会見をしたことがある。予めリストにして提出されていた最初の質問が読み上げられたのだが、これがなかなか辛らつなものだった。「あなたは、激しくスターリンを批判した。しかし、あなたはスターリンの親しい後輩だったではないか。スターリンの存命中、あなたは一体何をしていたのか」というのだ。

 フルシチョフは怒った。「だれがその質問をしたんだ!」。普段は口やかましい記者たちが、珍しく沈黙した。シーンとなった会場を見渡し、彼が再び吼える。「その質問を書いたのは、一体だれだと聞いているんだ!」。長い静寂のときが流れた。そこでやおら、フルシチョフはこう言った。「私が当時やったのは、これです。今のような沈黙です」。