天然じゃない塩があるのか

 そして、真打の登場である。エコブームのせいかやたら目にするようになった「天然」という言葉だ。市場には「天然なんとか」とうたった物体があふれ、それを目にするたびに、何ともいえぬ違和感が湧き上がってくる。例えば、「天然塩」。これって、一体何なんだろうか。

 そもそも、特殊な高純度材料などを除けば、食塩は主に海水から作られる。まれに使われる岩塩ならまあ自然塩と言えなくもないのかもしれないが、ネットショップのコピーや料理店のメニュー、食品のパッケージなどでしばしばみかける「自然塩」の多くは、「海底深層水を汲み上げ、それを鉄鍋で煮詰めて」といった方法で作った海水塩である。天然といいつつ、加熱もしてるし天然の海水とは成分も大いに変わっているし、相当に人の手が加わっている。

 「もちろん人工的に加工するわけだけど、海水に含まれる塩化ナトリウム自体は天然の恵みだから、そう呼んでも差し支えはないのだ」などという言い訳があるのかもしれない。けど、それであれば天然資源である原油を主材料とするプラスチックも天然か。そもそも、この世にあるありとあらゆるものは、鉱物など天然資源、植物や木材などの天然素材を原料として作られたもの。クルマだってパソコンだってぜんぶ天然じゃないか、などと猛抗議したくなる衝動にかられてしまう。

 もちろん塩だけじゃない。さっき昼食に買ったパンにも「天然酵母」で作られたものとの能書きがあった。酵母のことはよくわからないので調べてみると、やはりこの表現もすごくあいまいなものらしい。その方面でいう酵母とはパン酵母、つまりイーストのこと。発酵によって気泡を出す菌類の仲間である。今日では、技術の進歩によって各食品の風味や特性にあった酵母が純粋培養され、パンの場合はこうしたパン酵母を一般には使う。純粋培養されてはいるが、別に人工的に合成された物質ではなく、元々は自然界に存在するものである。では、あえて天然と呼ぶ理由は何なのか。

不純であることの危うさ

 参照したサイトの説明によれば、「天然酵母」という言葉に明確な定義があるわけではないのだとか。やっぱり。で、パンメーカーが勝手に「独自に選び培養した酵母」「パン生地の一部を保存し次のパン作りの発酵種として利用する発酵種」に相当するものを「天然酵母」と呼んでしまっているのだという。パン生地の発酵に十分な数の天然=野生の酵母を捕獲し使用していれば「天然」といえるかもしれないが、それはどうも不可能なことのようだ。結局は、培養するのである。