モノづくり文化とモノ売り文化の関係性については以前のコラムでも整理しましたが、モノ売り理論では、短期で儲けるために商品サイクルを短くして買換え需要を促進する方向に話は流れます。設計や製造にかかわる者としては、純粋には喜べない話でした。しかし、愛着を目指すとなれば逆方向です。長く愛してもらう製品づくりとは、本来職人目線の価値観なのです。何より、一人のエンジニアとして、わだかまり無く、心の迷いも無く、真剣に考える元気の湧いてくる技術開発行為になるのではないでしょうか。

 「掃除機1台を一生使われたんじゃあ、商売あがったりだよ」、という声も聞えてきそうです。その意味では、モジュール化する方向性というのが逆手に使えそうです。機能のモジュール化によって、日本得意の擦り合わせ工程が減り、水平分業化してしまいました。で、誰にでもそこそこ性能が出せるようになって後続国の猛追を食らっています。というのが近年の行き詰まりの構造なわけですが、パーツを入れ替え差し替えして延命できる設計思想に切り替えればよいのかもしれません。エレベータや飛行機などのビジネスは、単品売り切りではなくメンテナンスの方で利益を出すビジネスモデルです。

 技術というものが、基本性能や効率改善のための手段に甘んじているが故に、単なる手段として価値を貶められてきました。発売直後から加齢急落する無常な売価ラインがそれを如実に物語っています。というわけで、実は「技術者」も企業組織の中で同じ扱いになっています。なくてはならない存在とおだてられながら、しょせんは急落する価値を作り出す者。組織に自らビルトインされてゆく「ペラ男」扱いなわけです。

 道具自身の価値を追い求める「愛着」に必要な機能企画や技術開発に携わる時、それはモノづくりサイドが復権する時です。作り手の愛情を思いっきり堂々と注ぎ込むことができます。もう早く捨てられる子を設計しなくても良いのです。以前にも語りましたが、これまではどちらかといえば、技術の兄弟分である「芸術」つまり意匠デザインという手段に頼ってきた領域ですが、技術者が本格的に出張ることを大期待します。

 人気大河ドラマの天璋院篤姫が、朝廷より皇女和宮妃を受け入れる公武合体の際に、強気の公家相手に自らの武家の位の低さを気にして浮き足立つ老中たちに向かって言い放った言葉。「幕府の者として武家の誇りを失ってはおしまいゾ」と勇気付けるシーンには泣かされました。我らが世を支えているという誇りです。

 今「魂を込める作り手側の思い入れを失っては終わりゾ」と言ってくれる御台所が欲しいところです。道理で考えれば、内閣特命の科学技術政策担当大臣、野田聖子さんでしょうか。今度お会いする機会があったらお願いしてみたいと思います。

著者紹介

川口盛之助(かわぐち・もりのすけ)

慶応義塾大学工学部卒、米イリノイ大学理学部修士課程修了。日立製作所で材料や部品、生産技術などの開発に携わった後、KRIを経て、アーサー・D・リトル(ADL Japan)に参画。現在は、同社シニアマネージャー。世界の製造業の研究開発戦略、商品開発戦略、研究組織風土改革などを手がける。著書に『オタクで女の子な国のモノづくり』(講談社,2008年(第8回)日経BP・BizTech図書賞受賞)がある。

本稿は、技術経営メールにも掲載しています。技術経営メールは、イノベーションのための技術経営戦略誌『日経ビズテック』プロジェクトの一環で配信されています。