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 まだまだ下地の工程は続く。

 刷毛や箆(へら)で付けられた下地を乾かした後、塗りむらによる凹凸やホコリを除いて滑らかにするのである。「下地研ぎ」と呼ぶ。下地を研ぐことで塗面を滑らかに、次の塗りが下地によく食い付くようにもなる。

 この後の中塗り、上塗りでも、漆塗りでは塗り重ねるごとに研ぐという作業が必要になる。漆塗りの肌は1日から数日で乾くが、その上に漆を塗り重ねると食い付きが悪く、剥げることもあるからである。そこで砥石や炭、サンドペーパーで研いで表面に傷を付け、食い付きをよくするのである。同時に、刷毛目の凹凸が残った部分を滑らかにする。

 研磨材としては、粗いものとして砥石があり、細かな研ぎには炭を使う。近代になってからは、サンドペーパーも使うようになった。粗さが違う多くの種類が揃っており、なかなか便利なものだ。ゴムに巻きつけたり板に貼ったりすることで砥石や炭と同じように使うこともできる。


 砥石も、自然石に替わって人造石が増えてきた。一般に自然石の方が高価だが、一概に高いからよいともいえない。自然石には部分的に長石などの固い粒子があって、それが研ぎの際に傷の発生原因になることがある。その点、人造石は粒子が均一なので扱いやすい。目的、求めるものに合わせて研磨材を選ぶのである。炭にも朴(ホオ)を原料とした炭、桐の炭など、多くの種類がある。これも目的に合わせて使い分ける。

 下地研ぎでは、椀の内側と高台の内側は主にカーブに合わせて形を整えた砥石を使い、水を付けて研ぐ。工房で作製する代表的な漆椀では、3種類の砥石を使い分けている。外側の蒔き地部分には筋目の溝に合わせた荒砥と紙やすりを使い、水を使わずに磨く。

 この後、下地にわずかに希釈した生漆を吸い込ませて表面を固める。「下地固め」と呼ぶ。これで、やっと下地が完成するのである。「木地から表面の塗膜に向かって、徐々に空隙率を下げて熱が緩やかに伝わるように、特に椀の内側は熱で下地が痛みにくいように」。それが、下地で心を砕くポイントなのだと本間はいう。

 さらにダメを押す。下地の上に、本間の工房では独自の補強を施す。漆は丈夫だが、漆椀を毎日、長い年月にわたって使用し続ければ、どうしてもすり減ってくる。特に縁の部分は、拭いたりする際に最もすれて減りやすい。もう一カ所、畳付きと呼ばれる、膳や床に直接触れる底の部分もすり減りやすい。こうした部分が減ってしまった場合、これまでの工程の層が徐々に表われてくる。まずは下地、ひどくなれば木地が露出してくる。

 それを防ぎ強度を高めるために、縁と高台の縁に乾漆粉(かんしつこ)を蒔く。これを「乾漆粉付け」と呼んでいる。乾漆粉とは漆の乾いた塗膜を砕いて粉にしたものである。この工程からはすべて自家で採取調製した山方産漆を使用する。