そして別の見方でコストに見合った技術開拓の残り代という見方をすると、モノの中に潜む新たなる魔物探しではなく、人間の中に潜む広大な宇宙を目指す方が合理的だということです。もちろん物理化学の宇宙も無限ですから、まだまだ新しい現象が発見され実用化されるでしょう。しかし精緻を極めるほどに、開発~運用の採算性がきつくなっています。新幹線も旅客機もPCの動作周波数もこれから数ケタも高速なものはできそうにありません。

 そこではマン・マシン・インタフェース系の「銀座の母的センス」がカギになるようです。感性工学と翻訳される領域にあたりますが、日本人の育んできた八百万(やおよろず)の文化が強く有利に作用する領域です。人間が世界の中で特別な者でなく、人工のマシンも含めてわけ隔てなくつき合うセンスです。

 科学の進歩の順番として次にやってくる人間宇宙の時代は日本の土俵のように思えます。感性工学とか人間工学と呼ばれることもある分野ですが、工学と名をつけた時点で西洋的なアプローチになってしまいます。柔道が道着を着たレスリングJUDOになったような按配です。上述の事例はそのような工学体系では処理できない、もっと人間に近いベトベトした領域。数学や、コンピュータがわからなくても、誰にでも考えることのできる「機能」への「気付き力」の話でしょう。この領域は日本文化の圧倒的なホームグラウンド、この島で日本語を母語として会話し、べたべたした空気を読みながら人間関係をハンドリングしているだけで、世界最高水準の高等な情操教育を授かっているようなものなのです。

 枕草子で清少納言は「なにもなにも ちひさきものはみなうつくし」と和風な美意識を見事に結晶化させました。紫式部も和泉式部も「もののあはれ」に「はかなさ」「ささやかさ」を慈しんだわけですが、江戸期の国学者本居宣長はこれこそが日本人の心だと喝破しました。世の移り変わりとともに、ユーティリティの配管網に流れるモノの価値は変わってゆきますが、下手の横好きで我々には鬼門の、あちら側の土俵で戦うのではなく、こちら側、すなわち「人という宇宙に接する人工の道具」の側を極める方が楽だし楽しそうです。

 何をするにしても、あちら側でもこちら側でも、より良い機能が求められます。科学にできる道具とのインタフェースを考え、提供できる「機能」の妙を考えましょう。そこには無限の荒野が広がっています。そしてそこは日本人が最も能力を発揮できる領域です。

 最後に大事な点をもう一つ付け加えさせてください。これから豊かになるアジアや中南米の文化とはこのような非西洋的なこちら側文化を好む嗜好性を持っていると感じます。ガラパゴスなものとは、今後成長する市場に共通の価値観だと思います。そしてありがたいことに、非西洋的で最も先に豊かになった私たちのモノづくり感覚が先頭を走っているわけです。だからこそ確信を持って揺るがずに、日本風を推し進めていくことが重要だと考えているのです。

著者紹介

川口盛之助(かわぐち・もりのすけ)

慶応義塾大学工学部卒、米イリノイ大学理学部修士課程修了。日立製作所で材料や部品、生産技術などの開発に携わった後、KRIを経て、アーサー・D・リトル(ADL Japan)に参画。現在は、同社シニアマネージャー。世界の製造業の研究開発戦略、商品開発戦略、研究組織風土改革などを手がける。著書に『オタクで女の子な国のモノづくり』(講談社,2008年(第8回)日経BP・BizTech図書賞受賞)がある。

本稿は、技術経営メールにも掲載しています。技術経営メールは、イノベーションのための技術経営戦略誌『日経ビズテック』プロジェクトの一環で配信されています。