アメリカの調査会社であるABI Research社は,非接触ICタグ(RFIDタグ)の世界総売上高が2008年以降,年間平均成長率(CAGR)で15%成長し,2013年には約97億米ドルに達する見通しである,と発表した(Tech-On!関連記事1)。ABIによると,RFID技術のあらゆるカテゴリーで市場のトレンドが上向いており,好調のうちに終わった2007年に引き続き,2008年第1四半期もその傾向が変わらないという。

 今回の「技術競争力の検証」では,このように市場が拡大しているRFIDタグに関して各メーカーの技術競争力を分析する。分析には,公開されている特許情報をもとにして,特許を保有する企業の技術力を測る指標であるPCI (Patent Competency Index)を利用する。PCIとは,SBIインテクストラが独自に開発したものだ。

 ここでは,まずは大局的な視野に立ち動向を把握し,更に深く掘り下げて詳細状況を明らかにしていく特許データの分析アプローチで「マクロ分析」→「セグメント分析」→「エレメント分析」→「コア分析」の手順で,技術競争力の検証を進めていく。

●図1 RFIDに関する特許の出願状況
●図1 RFIDに関する特許の出願状況 (画像のクリックで拡大)

 図1は,日本を対象としてRFIDに関する特許の出願件数の推移を見たもの。その好調さを裏付けるように,1990年代後半からRFIDに関する特許出願は大幅に増加してきており,2004年には3000件近くにまで達している。2006年は減小しているが,2000件以上の高水準を維持しており,引き続き活発な技術開発が行われているといえそうだ。

 RFIDは,エネルギーやヘルスケア,運送,アパレルなどさまざまな業界で導入されている。今後も,図書館の書籍やレンタルショップの商品,再利用可能なコンテナ,スペアパーツなどの資産管理を目的としたクローズドループアプリケーションとしての需要が,市場をけん引するとABI Research社はみている。さらに,資産追跡,セキュリティ/アクセス制限,サプライチェーン管理といった分野でも,RFIDの導入が進む見通しという。

様々な企業が参入を図る

●図2 RFIDに関する特許の出願件数シェアとPCIシェア
●図2 RFIDに関する特許の出願件数シェアとPCIシェア (画像のクリックで拡大)

 このように,RFIDの技術が多分野で導入されてきていることは,特許出願人をみることでも把握できる。図2は,マクロ分析として,特許の出願件数シェアとPCIシェアを比較したもの。この分野の特許出願人は2000人を超えており,様々な企業が参入を図っていることが分かる。出願件数の上位10社が全体に占める割合は,出願件数シェアで30%程度であり,上位企業でも(量的に)十分な優位性を築けていない,というのが現状である。

●図3 出願件数上位10社の出願件数シェアとPCIシェア
●図3 出願件数上位10社の出願件数シェアとPCIシェア (画像のクリックで拡大)

 中でも出願件数の上位10社のみを抽出すると図3のようになる。出願件数シェアでは大日本印刷がトップに立ち,松下電器産業,ソニーがそれに続く。大日本印刷は,「50円の非接触型ICカード」や「箔押し加工技術を用いた低価格の紙製UHF帯ICタグ」を開発するなど,既に低価格の商品を提供している他,ブラザー工業,コンピュータシステムエンジニアリング,新出光,東研,タカヤ,ヒューマンテクノロジーズなどとも協業するなど,積極的に技術開発を進めてきた。

 一方,特許の質を示すPCIでみると大きく様相が異なり,ブラザー工業,ソニー,富士通が大きくシェアを伸ばしている。ブラザー工業は「オンデマンドICタグラベルプリンタ「RL-700S」を発売するなど,近年この分野へ急速に注力してきており,その結果がPCIにも表れている。

 ソニーはFeliCaの技術によってこの分野での地位を確立しているが,その普及度の高さを支えているのが特許の質の高さであるといえそうだ。その一方で,神奈川大学名誉教授・松下昭氏と日本システム研究所が2007年9月に,非接触ICカード技術の特許を侵害されたとして,ソニーとJR東日本を相手取り侵害行為の差し止めと約20億円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こしており,普及率が高まるにつれ,特許訴訟のリスクも増大してきているものと思われる。

 富士通はリネンタグなど独自の技術で差別化を図っているが,その差別化を特許の質が下支えしているといえる。日立製作所も12.5%と大きなPCIシェアを有しているが,同社は小型化に注力しており,トレーサビリティなどへも事業展開をしている。

●図4 企業別に見た出願件数の推移
●図4 企業別に見た出願件数の推移 (画像のクリックで拡大)

 図4は,上位10社の出願件数の推移を表したもの。大日本印刷と松下電器産業が継続的に出願しているが,近年になって,ブラザー工業や富士通が件数を急増させてきている。これは,両社のタグラベルプリンタやリネンタグの技術が多く含まれているものと推察される。

●図5 平均PCIのランキング
●図5 平均PCIのランキング (画像のクリックで拡大)

 各社の平均PCIを算出することで,特許1件あたりの質の高さが測れる。このことで,出願件数こそ少ないものの技術競争力の高い企業が抽出できる。図5は,出願件数の上位60社に対して,平均PCIを算出してランキングしたもの。スリーエム イノベイティブ プロパティズは,極超短波帯の無線ICタグ(UHF RFID)のパテントプールである「RFID Consortium LLC」を形成する企業の一つであり(2007年に形成),UHF RFIDの基本特許を押さえているものと思われる。