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しゃくみを取る


 誂(あつら)え鍛冶、左久作(ひだりひささく)の午後は、ナラシの仕事から始まる。除冷を済ませた鑿(のみ)を取り出し、アールの付いたナラシ床という金床の上で叩いて「しゃくみ」をとる。

「火造りで赤めた時点で、鋼が少し膨張しているんです。だからなましている間に少し縮んでしまうんです」

 鋼が縮み、膨張率の低い地金を引っ張って、全体が、鋼側に巻き込むようなしゃくれた格好となってしまう。口伝で北向きに置かれた金床の上で、リズミカルな音を響かせて息子の喜幸(のぶゆき)がハンマーで叩いてゆく作業が、この「しゃくみ」を平らに戻して行く作業だ。この工程を終えてから、グラインダーで荒仕上げを行っていく。

 父親の喬庸(たかのぶ)が、火床(ほど)の奥にあるスペースで裸電球の光を頼りに、形を決めてゆく。スプリングハンマーと並ぶ数少ない動力機械は、かつて小僧さんたちがヤスリで行っていた力仕事の代わりをしてくれる。便利だが時折鉄粒が飛ぶので、運の悪いときには目の中に入ってしまう。2、3日すると、まぶしくて涙が出て見えなくなり、眼科に行って取ってもらうが、痛みがひどくて丸一日は仕事にならないという。

技術が見えるセンがけ作業



 グラインダーの仕事が終わると、「センがけ」となる。鋼が付いている「穂」の部分の鉄をセンと呼ばれる道具で削り取っていく、細かな成形の工程だ。

 センは、ほとんどが鍛冶の自作だ。左久作では、失敗作の鑿や鉋を細長い鉄板に付けるだけだが、これは何用、あれは何用、と細かく用途を分けて取り揃えている。

 鉄が鉄を削る音が、規則正しく続く。刃裏の楕円形の窪みが、丁寧に形作られてゆく。

 鑿の裏側は一面、鋼で、必ず真ん中に窪みが付けられている。裏スキと呼ばれるこの窪みは、研ぎの手間を容易にさせ、鋼の平面を正確に保つために付けられるのだ。

 鑿や鉋の切れが止まってくると使い手はまず、刃表を砥石にかける。それから、刃の裏側も平面に保つために砥石にかける。この際、窪みのまったくないベタ裏なら、硬い鋼を砥石にかけた時、研ぎにくい上に、平面に保つのがとても難しくなる。ならば、砥石にあたる部分を少なくすればいいだろう、ということで、付けられたのが刃裏の窪みである。

 基本的には、窪みは適当に付けられていればそれで良い。しかし、この裏スキが左右対称となるよう奇麗にすかれていると、鑿はぐっと洗練された表情になる。さらに、研ぎ続けても、滑らかな卵形の窪みの形が保たれているようにするのが、鍛冶屋の腕の見せ所だ。今に残る、過去の名工たちの使い減った鑿や鉋の裏は、必ず左右対称に裏スキが残っている。センがけは、彼らのセンスと技術の高さを示す大事な工程といえよう。