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コラム

「茶陶」第6話 『年に2度、勝率2割の賭け』

2008/08/28 13:00
文:松井 亜芸子=フリーランス ライター,仲森 智博=編集委員 撮影:藤森 武
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 茶どころ宇治に限りない恵みをもたらしてきた清流、宇治川。そこに日本最古とされ、源氏物語にも登場する宇治橋がかかる。その橋を半ば渡り川上を望めば、右手に平等院鳳凰堂の甍、対岸の左手には煙突が見える。

 年に何度か、その煙突は淡い煙を吐く。その下に横たわるのは朝日焼のシンボルともいえる登り窯。4つの焼成室を傾斜面に連ねた大規模な焚き窯である。1975(昭和50)年11月に竣工し、三笠宮妃殿下から「玄窯(げんよう)」と命名を受けた。4年前に他界した先代・豊斎が10年来の研究の末に完成させたものである。先代は、この窯を築く以前に別の4基もの窯を築造していた。31歳で最初の登り窯を作ってから、薪と灯油を併用して焼く窯、続いて日本ではもっとも早い段階で実用化したというLPガス窯、さらに無煙の登り窯を造り、最後に54歳で作り上げたのが「玄窯」だった。

 先代夫人の松林美戸子は著書『カラー朝日焼 土は生きている』(淡交社)の中で、「『玄』とはどこまで続くかわからないほど深く限りないという意味で、それこそ『我が道』であり、果てしない曲折のある道を代々がそれぞれの夢を抱いて歩いていく道、即ち伝統の道だと思います」と記す。

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