2004年,キヤノンと東芝はSEDパネルの事業化を発表した。

図1 2004年9月の記者会見で披露された36型のSEDパネル
図1 2004年9月の記者会見で披露された36型のSEDパネル (画像のクリックで拡大)

 黒い布が取り払われた瞬間,目に飛び込んできた映像の美しさに衝撃を覚えた。2004年9月,キヤノンと東芝はSEDパネルの事業化を発表する記者会見を開催した。そこで披露された36型の試作品の画質は,圧倒的な完成度の高さを誇っていた(図1)。

 SEDパネルは,電子を蛍光体に当てることで発光させる原理の薄型ディスプレイ。すなわちCRTと同様の発光原理である。そのため,画質の高さに対する可能性は,CRTの画質を目標に据える,他の薄型ディスプレイ技術の開発者も疑わない。しかし,こうした「理想的な技術」であるからこそ,その開発には長期を要した。この記者会見で,キヤノン 代表取締役社長(当時)の御手洗富士夫氏は「開発には時間がかかったが,筋の良い技術なので,いくらでも待つつもりだった」と胸の内を明かした。

「つちのこ」と評される

 キヤノンがSEDパネルの開発に着手したのは1986年とされる。ただし厳密には,その数年前に少人数の若手技術者を集めて始まった,大画面ディスプレイを開発するためのプロジェクトがキッカケである。このプロジェクトに参加した一部の技術者が,SEDパネル技術の根幹を成す電子源の研究に手を着けた。

 1993年に中央研究所のメインテーマになるまでは,限られた技術者による細々とした研究が進められていたが,「ほかのメーカーが取り組んでいない独自の電子源技術」というキヤノンらしい理由から,研究の灯が消えることは決してなかった。

図2 1999年,キヤノンと東芝がSEDパネルの共同開発契約を締結
図2 1999年,キヤノンと東芝がSEDパネルの共同開発契約を締結 (画像のクリックで拡大)

 1990年代後半には3.1型や10型の試作品を発表するなど,着々と開発が進んでいるように見えた。しかし,キヤノンが東芝と共同開発契約を締結した1999年6月以降,外部への情報開示が一切途絶えることとなった(図2)。折しも,FEDパネル(電子源の種類は異なるが,SEDパネルと同様の発光原理の薄型ディスプレイ)を開発していたメーカーが次々と撤退した時期であったことから,SEDパネルの実用化についても疑問視する声が相次いだ。幻のディスプレイという皮肉を込めて「つちのこ」と表現する声すら上がっていたほどである。