そういう状態だったから,「現実と仮想をつなぐ」という言葉が,3倍増しくらいで印象に残ったのかもしれない。それでも,800号特集では無線タグに触れられなかった。まだ,その時点では取材で得た興奮の理由を自分の中で整理できていなかったためだ。

 その理由がおぼろげながら見えてきたのは,2001年末ころに先輩記者と本格的に無線タグの取材を始めてからのこと。取材を通じて,無線タグは「コンピュータのダウンサイジングが行き着く究極の姿なのだ」と確信した。物体に無線タグを取り付ける。無線タグが発信する物体に関するデータは,ネットワークに取り込まれ,それをサーバーや記憶装置が処理する。利用者が目にするのは,ネットワークを通じて手元の端末に届いた処理結果である。こうした一連の動作を利用者から見ると,物体自体が情報通信端末のように振る舞って自分に情報を送ってきたかに感じるだろう。これが「ダウンサイジングの究極」という理由だ。

つながるモノは数兆個超える

 このほかにも,多くの突拍子もない発想を聞けた。ちょうど期待を集め始めた時期だっただけに,取材中のコメントを見返すと気持ちがいいほど大きなスケールの話題が並ぶ。「取り付けの対象となる物体は,少なく見積もっても年間で数兆個以上でしょう」「使い捨てが前提だから,歩留まりなど気にせず,ばらまいた後で正常に動くタグをピックアップすればいい」…。

 こうした従来の半導体ビジネスでは考えにくい数量や使い方の「非常識さ」に,好奇心をかき立てられた。1歩も2歩も先を見た発想で技術の将来性を示唆する多くの技術者や研究者の意見を基に生まれたのが,冒頭で紹介した特集記事「発信源はゴマ粒チップ」だった。

 特集を書いた当時は,海外と国内の業界団体間における業界標準争いや,欧米の流通大手の採用表明など,メディアの注目を集めそうな事件が相次いだこともあり,新聞や業界誌で無線タグに関する記事を見ない日はないというほどの盛り上がりを見せた。だが,その後の4年間,毎年のように「無線タグ元年」といわれながらも,なかなか普及していないのが現状だ。

 それでも,無線タグが備える「現実と仮想をつなぐ」技術のポテンシャルが消えたわけではない。一時の狂騒が過ぎ,本来の姿である「縁の下の力持ち」的な技術開発に戻ったと見るべきだろう。通信技術は,つながる対象が増え,臨界点を超えると普及が急激に加速する。変化は常に非線形だ。無線タグは,その一歩手前にある。

 今では当たり前になったバーコードでさえ,普及に20年以上を要した。無線タグの技術開発はまだ緒に就いたばかり。これからが楽しみな技術であることは間違いない。

高橋 史忠