2001年,国内大手電機メーカーが相次いで携帯機器向けの燃料電池の開発を発表した。

 「もしもし,ソニーの○○です」

 「あー,どうも。いつもお世話になります」

 「少しご相談したいことがありまして。…実は,燃料電池の件なのですが」

 2001年夏。本誌編集部に突然,ソニーから1本の電話が入った。それは今から思えば,本誌が執拗なまでに携帯機器向け燃料電池を追いかけ回す出発点だったといえるかもしれない。

 「ソニーがクレジットカード大の小型燃料電池の開発に成功。業界初の家電向け燃料電池の実用化を狙い,開発のピッチを加速」――。電話から数日後,某全国紙に大きく取り上げられたこのニュースは,業界にも大きな衝撃として受け止められた。この報道を発端として,NECや日立製作所,東芝など大手電機メーカーによる小型燃料電池の開発発表が相次ぐことになる。携帯機器向け燃料電池の開発競争が,新聞紙上をにぎわせた最初の年だった。

 本誌でも短報記事による速報後,電池担当の記者を中心に企画が持ち上がり,緊急特集を組むことになった。ところが取材を始めた矢先,米国で同時多発テロが発生してしまう。多くの企業が米国駐在員を一時帰国させ渡米も自粛する中,本誌の田野倉保雄記者(当時)は燃料電池メーカー取材のため米国に飛んだ。会社の渡航自粛規制を省みずに太平洋を渡ったのも,携帯機器向け燃料電池に対する読者の強い関心に突き動かされたためといえよう。

 当時,燃料電池といえば自動車や住宅用の大型品が多く,携帯機器向けの小型品は欧米メーカーが軍事用途に開発したものが中心だった。ところがソニーをはじめNECや東芝といった機器メーカーの参入表明により,形勢が大きく変わる。「燃料電池はクルマから」ではなく,「燃料電池は携帯機器から」に逆転した。

NEC,東芝らが表舞台に

図1 ソニーが2001年に発表した燃料電池の試作品 本誌2001年8月13日号より。
図1 ソニーが2001年に発表した燃料電池の試作品 本誌2001年8月13日号より。 (画像のクリックで拡大)

 ソニーが発表した技術の内容も非常にユニークだった(図1)。当時,携帯機器向けの燃料電池として脚光を浴びていたのは,燃料極にメタノール水溶液を直接添加する「ダイレクト・メタノール」方式である。ソニーは,ダイレクト・メタノール方式の課題だった「クロスオーバー現象」を,炭素系材料のフラーレン(C60)を利用した電解質膜によって解決できると主張した注1)

注1)クロスオーバー現象とは,メタノール水溶液が,燃料極で反応せずに高分子固体電解質膜を通過してしまうこと。燃料のメタノールが未反応のままなくなってしまう。ソニーは,C60の誘導体と高分子を混ぜた電解質膜を利用することで,この現象を抑制できることを見出した。最近発表した資料では,メタノールの通過を従来の1/2~1/5に抑制できたという。