時代背景2――バブル経済

 高温超電導は,こうして政治家や官僚を巻き込むところまでヒートアップして行ったのだが,ちょうどそのころの日本人は,全く別の出来事に夢中になり始めていた。バブル経済である。

 電電公社や国鉄の民営化と各種の規制緩和,プラザ合意(1985年)以降の急激な円高による資金の内需(不動産など)への流入などが重なり,1986年は地価や株価が急騰し始めた時期である。

 製造業よりも,株や不動産への投資の方がよほどもうかるという風潮がこの頃から広まりだす。理科系の学生が,銀行や保険会社の就職説明会に行列を作る。数年後に起きるバブル崩壊とそれに続く長い景気低迷のことは,まだ誰も知る由もない。

 やがてインターネットやパソコン,ITが技術革新の前面に躍り出て,標準技術を使った水平分業やマーケット志向の製品企画が経営の最大の関心事になる。経済のグローバル化が進み,半導体や電子産業では韓国,台湾,中国企業が台頭してくる。高温超電導というブレークスルーの先には,皮肉にもそれを大して求めない社会が待っていた。

誰も壁を破っていない

 ところで,以上のような大ざっぱなとらえ方とは別の次元で,筆者には不思議でならないことがある。高温超電導がなぜ起きるのか,メカニズムの解明がいまだにできていないことだ。

 当時,多くの研究者がこの問題には3年から5年でケリがつくと言っていた。きれいな試料が作れるようになり信頼できる実験データが集まれば,それほど難しいことではないと。

 しかし実際には違った。1993年以降の13年間,臨界温度はピクリとも上昇していない。多くの研究者が「決定的」と称する実験結果を発表してきたものの,混迷は深まるばかりだ。

 「一つひとつの現象は徐々に解明されてきました。でもそれぞれがどのような関係でつながっているのかが理解できないのです」。1986年の東大の追試メンバーの一人である内田慎一氏(現・東京大学 大学院理学系研究科 教授)は言う。「この問題は『複雑系』と呼ばれるカテゴリーに入るかもしれません。だとすると,まだ相当時間がかかるでしょうね」注4)。ブレークスルーをなしたと思った人間たちをあざ笑うように,自然はその姿をなかなか現してくれない。

注4) 内田氏らは,高温超電導体の内部に室温でも超電導になり得る可能性を持った微小な領域が分散しているという興味深い研究を,2002年に発表した(例えば,http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ken/news-back/030117b.html)。
田島 進