1978年米Intel社は,当時DRAMで発生していたソフト・エラーの原因がα線であると発表した。

 1978年4月,米国サンディエゴ市。とあるホテルの会議室から一人の日本人研究者が足を忍ばせて出てきた。彼は脱兎のごとく自室に戻り,東京に緊急電話した。会議の名称は「信頼性物理国際会議」。知る人ぞ知る半導体の専門会議である。緊急電話の理由は直前の驚くべき発表内容にあった。

微細化に大きな壁

 この件を,スクープした伏木記者(当時)が編集会議で詳細を披露した時,信じられないという反応がほとんどだった。かく言う私もその一人だった。

 ムーアの法則に従って高集積・高密度化をまっしぐらに進んでいたIC,当時それを代表していたDRAM(dynamic random access memory)は微細化技術によって集積度を高めていた。

 当時,製品レベルの集積度は16Kビット。同じ16Kビット品でもスケーリング・ルールに従って微細化するとチップ面積が小さくなりコストを低くできるだけでなく,高速かつ低消費電力になる。一石二鳥にも三鳥にもなる。これを徹底した米国製16Kビット品があった。メーカーは自信満々だった。

 ところが,一部ユーザーから「記憶内容が化ける」という苦情が出た。それも16Kビット品自体が疑わしい。「そんな馬鹿な!」,メーカーは唸ったに違いない。当然,16Kビット品のメーカー各社は,必至に原因を究明した。

 その答えが米半導体メーカーの一つ,Intel社から発表された。それが冒頭の国際会議でのことだった。

 結論から言うと,微細化し過ぎてしまったのである。

 DRAMは極微小なキャパシタに電荷の形で「0」か「1」を記憶する。微細化によってこの電荷量が減り過ぎると,ささいな擾乱じょうらんで記憶内容がひっくり返ってしまう。具体的には,α線の通過でひっくり返ったという。「α線???!!」。そんなもの,どこから来たのか(現在の読者の皆さんはよくご存じだろうが,当時は思いも付かなかった)。

 発表によれば16Kビット品のシリコン・チップを保護するパッケージに使った材料が犯人だった。そこには微量なウランやトリウムなどの放射性物質が含まれており,ここから放出されたα線がチップ表面から入射し,表面直下に形成した極微小なキャパシタを横切る。このとき発生した微少な電荷によって記憶内容が反転したという(図11)。この誤動作は半導体に損傷を与えたわけではない。デバイスは生きたままである。その意味で,ソフト・エラーと呼ばれた。

図1 α線によるソフト・エラー発生のメカニズム DRAMメモリ・セルの記憶情報「1」が「0」に化けるところ。
図1 α線によるソフト・エラー発生のメカニズム DRAMメモリ・セルの記憶情報「1」が「0」に化けるところ。 (画像のクリックで拡大)