図2 磁気記録による記録密度向上の軌跡 濃い黄色の部分は,1981年の電気4学会北陸支部連合大会講演会で岩崎氏が示したもの。この原図は,1980年10月の『サイエンス』(現『日経サイエンス』)に翻訳掲載されたR. M. White氏の論文にある。その図に示された垂直磁気記録の適用領域は,ややコンサバティブ過ぎて,同講演会で岩崎氏が引用する際に新たに適用領域を点線で書き加えた(一番上の点線)。1990年以降の点線は,岩崎氏が加えた点線を今回単純に延長したものである。

 図2は,1981年の電気4学会北陸支部連合大会講演会で岩崎氏が引用した図を,その後20年分延長したものである。この図を見ると1980年当時,磁気記録技術者たちは磁気ディスク装置の記録密度向上のペースが,早晩頭打ちになると予測していたこと,岩崎氏らはそれを点線で示した領域に持ち上げようとしていたことが分かる。

 4半世紀後,結果はどうなったか。今回,東芝と日立製作所の達成した記録密度を書き入れてみた。25年前に予想された適用領域の延長上に,両社の製品は見事に収まっている。同氏の予測に沿って事態が進んでいることに驚くほかない。

 とはいえ,最初の製品の出荷が始まったばかりであり,垂直磁気記録について歴史的評価をするのはまだ早いだろう。ただ,次のことは言えるのではないか。一つは当時,磁気記録関係者に重くのしかかっていた記録密度の限界意識を吹き飛ばしたことだ。垂直磁気を応用すれば記録限界は遙か先まで伸びる。富士通のS氏は岩崎氏を「磁気記録中興の祖」と呼んだが,垂直磁気記録の登場は当時枯れた技術になりかけていた磁気記録に喝を入れ,新たな未来を与えた。

 もう一つは開発手法である。垂直磁気記録の開発研究は終始オープンな形で進んだ。国内の産学官だけでなく広く海外も巻き込み,人も育てた。垂直記録専門の国際会議も既に7回を数え,文字通り世界の叡智を集めた。単に中立的な大学発の研究だから可能だったというわけではないだろう。

 岩崎氏は当時から「相補的」という言葉がお気に入りだった。垂直記録と長手記録は「相補的」な関係にあるという。成果を独占せず,足りない部分は世界の知恵と相補う。着想から約30年,おそらく難関の連続だったであろう開発研究をここまでリードしてきたのは,この考え方ではなかっただろうか。垂直磁気記録開発の先端では既に1Tビット/(インチ)2を視野にとらえているという。更なる未来が楽しみである。

渡辺 彰三