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技のココロ

「茶陶」第1話 『日本人の不思議な愛情』

  • 文:松井 亜芸子=フリーランス ライター,仲森 智博=編集委員 撮影:藤森 武
  • 2008/07/17 15:00
  • 1/5ページ

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茶の湯には多くの陶磁器を使う。釜の右隣に据えられたのは水を入れるための容器で水指と呼ぶ。桃山時代に伊賀で焼かれたもの。手前の茶碗は、日本からの注文で、17世紀に朝鮮半島で焼かれたもの。江戸千家の一円庵にて。

 茶の湯で使うために作られた陶磁器を「茶陶」と呼ぶ。日用雑器ではなく、「最高のもてなし」のための陶磁器、つまり最上の道具である。室町時代に茶の湯が勃興して以来、そのために使う道具には最先端の美意識が反映されてきた。茶道具が放つ美が、もてなす気持ちの深さに通じるからである。同時に道具は、それを選び取るものの心のあり様、さらには精神性の深さを露骨に表明するものでもある。だから茶人は、意識を研ぎ澄まして道具に対峙し、その本質を見抜こうとする。その視線に耐え得るものだけが、時代のフィルターを通して存在し続けることができるのだ。

室町時代までは、茶陶の中核を担うのは中国製の磁器だった。左は明朝末期に作られた古染付の器。元の用途は不明だが、象牙の蓋を付け茶器(抹茶の容器)に見立てられている。右は明朝期に焼かれた、古くから日本では「七官青磁」と呼ばれるタイプの手桶。こちらも黒柿材の蓋を付け茶器に見立てられている。

桃山時代の陶器は、今でも好事家の間では垂涎の的になっている。左のぐいのみは桃山時代の唐津焼、右は同時代に美濃で焼かれた黄瀬戸。中央の徳利は李朝初期に朝鮮半島で焼かれたものである。

 その茶道具の主軸となるのが陶磁器である。ちなみに、茶道具は茶を飲むための道具のみを指すわけではない。茶道でいう「もてなしのフルコース」は茶事であり、「酒杯を交わし、懐石料理を食し、茶を喫する」という要素をすべて含む。このために使う食器類、酒器類、さらには床の間に飾る花器、書画類などを含めた道具一式を茶道具と呼ぶ。

 それらのうち最上とされるものは、室町期までは陶磁器先進国である中国からの輸入品であった。それが一変するのは室町末期、侘び茶の隆盛によって端整な中国陶磁器に替わり、粗雑さの中に無類の味わいを秘めた朝鮮半島製の陶器類が茶道具の主役として浮上してくるのである。

 同時に、日本国内でも茶道具として使える陶器を作製する試みが始まる。桃山期には中国や朝鮮半島から人や技術が流入して長足の進歩を遂げ、日常雑器しか作れなかった国内の窯業地でも茶陶が焼けるようになった。もちろん、技術の進歩だけでそれが実現されたわけではない。日本独自の陶器を生み出す上で大きな役割を果たしたのが、千利休など茶道に深くかかわる人々だった。洗練された美意識を持つ彼らがアートディレクタの役割を果たし、熟達した技を会得した職人たちとの共同作業で数々の傑作を生んだのである。こうして桃山期から江戸初期にかけて、日本の陶器は一つの頂点を極める。この時代に生み出された茶陶が、時代を超え茶陶の典型として君臨し続けるのである。

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