ムーアの法則と破壊的イノベーション

 さて,最後にみてみたいのが,「ムーアの法則」が自動車産業を変革する可能性についてである。これに関連して筆者が参考になったのが,先ほど紹介した池田信夫氏の『過剰と破壊の経済学』の中に出てくる,ムーアの法則と破壊的イノベーションの関係について書いた部分である。

 「破壊的イノベーション」はクレイトン・クリステンセンの言葉だが,その著書の中でハードディスクを例にとって技術革新には一種のサイクルがあることを明らかにしている。初期には垂直統合で内製化するが,規格が普及して業界標準になると,各部品のモジュール化が進んで,互換部品が登場する。そしてその互換部品のモジュールを組み合わせて純正品より低価格・低性能の「破壊的イノベーション」が出てくる。

 そして,池田氏は,「これに対して,先行企業は既存の技術を高級化する『持続的イノベーション』で対抗しようとするが,やがてムーアの法則によって破壊的技術の性能が持続的技術を変らない水準に高まる。製品がコモディティ化して価格競争になると,高コストの持続的技術は敗退する」と書いている(本書p.112)。

 破壊的イノベーションはよく知られた概念であるが,筆者が新鮮だったのは,ムーアの法則に表される半導体の急激な技術進歩が破壊的技術の進展を速めるということを,改めて関連付けて認識したことであった。そのムーアの法則を推し進めているのが,日本が得意なエンジニアリング力が関係している(アジア諸国への技術流出含めて)としたら,日本のエレクトロニクス産業の苦悩を考えると皮肉なめぐり合わせのようにも思うのである。

自動車に「破壊」は起こるか

 ここで話を車載半導体に戻すと,先ほど見たように信頼性の問題なとデジタル家電などとの違いはあるにせよ,ムーアの法則という“怪物”が自動車の内部に入りつつあることは間違いないだろう。

 その場合に,どの部品がムーアの法則というレールにのって急激な技術革新を遂げるのか,その速度はどの程度で,その結果出てくる「破壊的イノベーション」は何か---を見極めて行く必要がある。ムーアの法則にのって走り出すのは,半導体なのか,電池なのか。破壊的イノベーションは,電気自動車なのか,オモチャのような超小型車なのか・・・。

 そのうえで,自動車メーカー,電装品メーカー,電子部品・半導体メーカーは協業のあり方を見直し,最適化していく必要があるだろう。これまで見たきたように,サイエンス型といわれる半導体の分野でもエンジニアリングの要素を加えている。エンジニアリング型といわれる自動車産業もサイエンスの要素を取り入れている。「融合」の経験はある。こうした経験を生かせば,カーエレクトロニクスの世界でも新しい「融合」の可能性はみえてくるのではないかとも思った。