この、少なくとも80年代から続く「同業他社より給料が安い」ということが、会社にじわじわとダメージを与えてきたのではないかと私は思う。一般に、業績が悪くなれば給料を抑える。それが一時的なものであればいいけれど、給料格差がいつまでも埋まらなければ、優秀な人材は来なくなる。現にいる社員も、腕に覚えのある人から歯が抜けるようにいなくなっていくだろう。この結果、さらに業績は悪くなり、経営者はさらなる給与抑制に走る。まさに悪循環である。

 ふと思う。業績が給与を決めるのではなく、逆に給与が業績を決めるのではないかと。この疑問をあるベンチャー企業の創業社長にぶつけてみると「うーん、そうかもしれない。確かに、給料を抑えすぎたから会社が潰れたって話はよく聞くけど、給料が高すぎて潰れたっていう話は聞かないもんなぁ」などとおっしゃる。

 思い出してみれば、電機労連でも横並びを避け他社より常に高い賃上率を提示していたメーカー群があった。まず、松下電器産業、シャープなどの関西勢であり、関東ではその代表はソニーだった。その他のOKIやNEC、日立製作所などはそれより低率の横並び組である。エレクトロニクス業界全体に沈滞ムードが漂うなか、それでも高い賃上率を誇っていた企業はおおむね元気で、そうではない企業はそれなり、という気がしないでもない。

深刻なのは技術系より非技術系?

 そもそも、80年代から製造業の給与は金融などと比べて低く、その製造業の中でもエレクトロニクス業界はさほど給与水準が高くないとされ、他業種の「草刈場」となっていた。実際、1980年代後半、実に多くの企業から給料をエサに転職のお誘いを受けた。誘うのは化学、精密機械、光学機器、鉄鋼などの国内メーカー、そして外資系のエレクトロニクス・メーカーである。何社からか給与の説明なども受けたが、「該当年次の平均的給与を提示すれば国内エレクトロニクス・メーカーの給料よりは何割か高くなるから誘いやすい」とよく言われたものだ。

 1988年7月11日号の『日経エレクトロニクス』では、「転換期の電子技術者」と題した特集でこのへんの事情について分析している。金融・証券などの会社に比べて35歳の推定年収が製造業は半分程度だとか、その中でも電気系は低いとか、その結果として製造業離れが進んでいるとか、今日でも言われ続けている問題がすべでこの時点では明白になっていたことがわかる。

 この記事に関して、著者であり上司でもあった日経エレクトロニクス編集長(当時)の西村吉雄氏に話をうかがったことがある。そのとき彼が大きな問題だと指摘したのは、東大をはじめとした「難関校」の学生で、全体より顕著に製造業離れが進んでいることである。つまり、優秀な人ほどメーカーに行かなくなっているのだと彼はいう。そして、それより深刻なのは文系の製造業離れかもしれないと漏らしておられた。