ところがプロジェクトマネジメントの現場では、PMBOKを冷笑する叩き上げのプロジェクトマネジャと、PMBOKの導入を説く経営陣あるいは管理者とが、しばしば対立してしまう。現場経験が豊富なプロジェクトマネジャの中には「PMBOKのような枠組みを本で勉強したところでプロジェクトを仕切れる訳ではない。何よりもプロジェクト経験が大事だ」と考える人が出てくる。

 一方、経営陣や管理者は「一握りの優秀なプロジェクトマネジャだけに頼る訳にはいかない。社員全員のプロジェクトマネジメント力を底上げするために、PMBOKのような知識体系をきちんと教えるべきだ。こうすればプロジェクトの進め方も標準化される」と考える。PMIはPMBOKの理解を問う国際資格試験を実施しており、資格好きの日本企業あるいは日本人は資格習得に力を入れるが、これについても現場派は「資格をとったらプロジェクトを成功できるというのか」と突き放す。

 ベテランのプロジェクトマネジャも経営者も正しいことも言っている。座学で得た知識だけでプロジェクトを成功できるはずはないし、我流のやり方ばかりでは生産性が高まらないから標準的なやり方に変えていく必要もある。問題は、現場と方法論を目の前に並べた時、それらを両立できず、現場に固執して方法論を避ける人、方法論に執着し結果として現場を軽視してしまう人、に分かれてしまうことだ。

研究開発、品質、問題は随所に

 Tech-On!読者の方は、企業の研究開発マネジメントを思い起こして頂きたい。顧客に受け入れられる製品を生み出すために、研究開発部門に方法論を入れることがある。例えば、研究テーマを沢山揃え、いくつかの発表の場(ステージ)と関門(ゲート)を用意し、一定条件を満足したテーマについてだけ研究開発を続行させるやり方がある。ステージゲート法と呼ばれるこの方法論を取り入れるにあたっても、ゲートを通過させるかどうかの判断を杓子定規に下す管理者が登場し、研究開発部門の志気を低下させてしまったり、それに反発した研究者が水面下で勝手に研究を始めるといった、対立を生じてしまう。

 ISO(国際標準化機構)が定める各種の品質マネジメントシステムを取り入れる場合も、同様の事が起きる。品質マネジメントシステムを導入することそれ自体が目的になってしまい、経営者が「これで品質管理が強化された」と嬉しそうに事業所の入り口に張られた認証を示すプレートを眺める一方、現場は「余計な文書を作る手間ばかり増えた」「品質管理システムへ入力するだけで手一杯」とぼやく。

 こうして、プロジェクトの成功、売れる製品の研究開発、品質の向上、といった本来の目的を達成するどころか、管理者と現場の対立、現場の作業負荷増といった問題を残してしまう。繰り返すが、すべてに共通する問題は現場と方法論を両立できないことだ。現場という実世界と、方法論という虚の世界を常時往復しながら、現場経験を誰でも利用できる標準知識に変え組織の中に蓄積していく、といったことがなかなかできない。なぜできないのか。どうしたらよいのか。これが本連載を貫くテーマである。

 ここまで書いて本原稿の言葉遣いに問題があることに気付いた。筆者は「方法論(メソドロジー)」という言葉を、何かの方法を体系的に整理してまとめたもの、方法(メソッド)を体系(ロジー)立てたもの、といった意味で使ってきた。ところが、ふと気になって辞書を引いたところ、どうも違う。広辞苑を見ると、「科学研究の方法そのものに関する論理的反省。学問一般及び個別諸科学の認識方法について研究する認識論・論理学の分野」とある。「方法」については、「しかた。てだて。目的を達するための手段。または、そのための計画的措置」とある。方法論などと書かず、方法と書けばよかったわけだが、学生達には「方法論」と話してしまったため、本稿においてはそのままにした。

 もう一点、『A Guide to the Project Management Body of Knowledge』という本の略称をPMBOKとしたが、厳密には正しくない。PMBOKはProject Management Body of Knowledgeの略だから、プロジェクトマネジメントについての知識全体を指す。知識全体から一部を抽出したのが同書である。したがって、正しくは「PMBOK Guide」と略すべきなのだが、通称に従ってPMBOKと表記した。