技のココロ
目次
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「和紙」 第3話 『歩留まり5%の繊維』
木でできた釣り鐘のようである。あるいは、大きく作りすぎた樽。横腹の板と板の間から白く蒸気が漏れる。名前は甑(こしき)。巨大な蒸し器である。中には同じ長さに切りそろえた楮(こうぞ)の束。水を注いだ「鍋」に、ぎっしり詰めて立ててある。煮立った水が蒸気になって、下から楮を蒸し上げる。
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「和紙」 第2話 『ここにしかできない素材』
どうして、こんなところに住むのだろうか。初めて訪ねたとき、そう思った。高知市の中心部から、国道33号線を車でひたすら西へ。一時間ほど走ると、緩やかに蛇行する仁淀川沿いの道になる。横目をかすめるダムの水は、緑がかった青。川を挟む両側の斜面は、次第に険しく切り立っていく。その急勾配に沿って、ずいぶん上…
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「和紙」 第1話 『生きた紙が滅びるとき』
「和紙」が絶滅の危機に瀕している。全国手漉き和紙連合会によれば、現在日本で和紙を漉いている家はわずか295戸。20世紀の初め、1901年には6万8562戸だったので、100年あまりで230分の1に減った計算になる。そして今なお、減少のペースは加速を続けているようだ。2001年には392戸あったから、…
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「鋏」 第6話 『技術を伝承するということ』
鍛冶職人の世界では、「手取り足取り」という教え方はあまりされない。何か言っても一言二言。それも多くはダメ出し。無理へんにゲンコツと書いて職人と呼ぶ、という笑い話そのままの指導法が珍しくない。そんな彼らが口を揃えるのは、「自分で見て考えて失敗をして、ということを繰り返さないと本当の意味で技術は身に付か…
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「鋏」 第5話 『調子を取ってはじめて一人前』
「ここからねじ入れになります。それから調子を取ります」 ここまで長い工程を経て来た長太郎(ちょうたろう)の羅紗切り鋏(らしゃきりばさみ)作りは、最後に、ねじをはめて、調子を取り、鋏としてまとめる工程になる。火造りの最後に施した「軸曲げ」と「軸寄せ」の段階でペアリングを済ませておいた親指側と下指側の2…
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「鋏」 第4話 『伝統を守るための近代化』
三代目長太郎(ちょうたろう)、石塚昭一郎がここまで進めてきた工程は、総火造りの羅紗切り鋏(らしゃきりばさみ)特有の工程だ。指輪(しりん)を既製品にして、刃の部分にあらかじめ鋼と地金が鍛接されている複合材を使えば、火造りの工程は省略できる。さらに規格品ゆえに焼入れも、ある程度機械的に温度管理できるよう…
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「鋏」 第3話 『先人が作り上げた「理」を守る』
羅紗切り鋏(らしゃきりばさみ)の三代目長太郎(ちょうたろう)、石塚昭一郎の総火造り鋏の製作は続く。指輪(しりん)部分の形が大体出来上がったら、鋼を刃となる部分の地金に鍛接する。炭素が入っているため熱処理を施せば硬度が高くなる鋼は、対象を切る部分のみに使われる。刀剣や他の打刃物(うちはもの)にも通じる…
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「鋏」 第2話 『いい道具はまず姿が良い』
現代の鋏は、ほとんどがX字型の全鋼製で、機械を駆使して大量生産されたものだ。世界で見ればドイツのゾーリンゲンなどが主な産地だが、岐阜県関市を始めとした各産地で作られる日本の鋏は、その高い精度で頭ひとつ抜けた存在となっている。
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「鋏」 第1話 『日本一は世界一』
閉じた鋏(はさみ)を光にかざしてみると、刃と刃の間から光が漏れてくる。2枚の刃を固定するネジのあたりから刃先にかけて漏れる光は、よくみると細長い楕円形になっている。今度はいっぱいに刃を開いてから、少しずつ閉じていく。すると、刃と刃が合わさる部分に黒い点が現れる。そのまま閉じていくと、黒点も同じ速度…
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「袋」第5話 『うちは普通の家やない』
京都のど真ん中、中京区にある友湖の住まいは、たたずまいの美しい伝統的な京町家だ。格子戸を開けた先に畳を敷いた表玄関と茶室、茶庭。その左側、「お茶入袋師」と墨書きされた、白いのれんの先が通用口となっている。茶席で使う草花や植木があしらわれた庭は、丁寧に手入れがされており、侘びた中に何ともいえない心地…
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「袋」第4話 『「技術」ではなく「感覚」を研ぐ』
現在、真綿を入れた袋は時間をかけて馴染ませている最中だ。ただしその間、何もしないのではない。その間は「緒(お)」を組む作業にあてるのだ。 友湖の机の後ろから、見慣れぬ木箱が登場した。何が始まるのか、と、ぽかんとしているこちらを尻目に、友湖本人は慣れた動作で、天井にあるフックに絹糸をかけ、木箱に腰を…
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「袋」第3話 『一般品と隔絶された「友湖印」』
採寸、型紙おこし、裁断、縫製と、仕服の仕上がりまでに、袋師の技術が問われるプロセスはいくつもある。中で最も顕著なのが「縫い」の部分だろう。 土田家では先代から誰がした仕事かわかるように、仕服の内側の底に「友」の印を押すようになったが、以前はそのような習慣がなかった。だからであろう、茶道具の世界では…
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「袋」第2話 『茶の世界のオートクチュール』
ひとつの茶入が土田友湖のもとに届けられた。室町時代に作られた瀬戸焼の品で、銘が「霜夜(しもよ)」とある。この銘は小堀遠州の息子、小堀十左衛門が命名者だという。ねっとりとしたこげ茶色の肌に、淡い色の模様がふつふつと入っている様子は、なるほど、霜の降りた静謐な夜を思わせる。
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「袋」第1話 『手の上に載る極上の晴れ着』
茶道具は代々、人の手による細心の注意を重ねて伝えられるところに価値がある。現代の茶席では、茶碗こそが一番の脚光を浴びる存在であるが、実は数ある茶道具の中で、いっそう格式が高いとされているのが「茶入」である。茶の湯が発達した戦国時代では、人々が手を出せない高価な茶入を所有することが天下人の証明でもあ…
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「漆器」第6話 『技は手段,目的ではない』
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「漆器」第5話 『絹の服を着ているわけ』
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「漆器」第4話 『見えない下地に込めた知恵』
採取されたそのままの漆は荒味(あらみ)と呼ばれ、樹皮片やゴミなどが混ざっている。この状態で取引されることもあるが、ある程度は漉して商品にすることが多い。いずれの場合も通常は漆桶に入っているが、ただ入れておくと表面から反応して黒化し、固まってしまう。そこで桶に渋引き和紙などで蓋をし、空気に触れないよう…
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「漆器」第3話 『価格で競わず,技巧を誇らず』
本間は、自身の作品以外の工房作品では下地の7割ぐらいに中国産の漆を使い、中塗り、上塗りには茨城・奥久慈の漆を使っている。ただし、日本で作られている漆器のほとんどは、中国産漆を使って作られており、一部の上等品の多くが下地から中塗りまでのほとんどが中国産、最後の上塗りは日本産を3割加えた漆でという場合が…
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「漆器」第2話 『自給率1.8%という現実』
世の常識に逆らって漆作りから木地作り、塗り、加飾までのすべてを手掛ける漆芸家・本間幸夫が、もう一つ世の趨勢に逆らいこだわり続けていることがある。日本産漆を使うことだ。
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「漆器」第1話 『因習に背を向けて』
磁器はchina。そして漆器は英語でjapanと呼ばれた時代があった。ヨーロッパとの本格的な貿易が始まった安土桃山時代から江戸時代のはじめにかけて、早くも海を渡った日本製の漆器が、かの地においていかに珍重されたかを示す一つの痕跡といえるだろう。