小林 喜光 氏
写真:糠野 伸

 うちの会社の連中にいつも「too much technology oriented」なんて文句を言っているんですね。テクノロジーを深掘りするだけでは,ものづくりに生かすことができない。テクノロジーが縦の構造とすれば,横はマーケット。例えば自動車,エレクトロニクス,食品,あるいは住宅といった分野です。縦と横の両方を見ながら進んでいかないといけない,というのが僕の持論です。

 そのとき縦は何を志向するかっていうと,取りあえずは「秘伝のたれ」です。焼き鳥のたれとか,「訳が分からないけど,うまい」っていうのがありますよね。このような秘伝がある製品でないと競争力が出てきません。

 三菱化学メディアの社長だったころ,光ディスクやDVDで構築したビジネスモデルは,色素を握ってビジネス全体をコントロールするというものでした。光ディスクもDVDもポリカーボネートの上に色素を塗るだけでできる,いわゆるモジュールタイプ(組み合わせ型)の製品です。単純なものづくりで収益を上げることが難しいわけです。

 ところが,色素が秘伝のたれになれば全体を左右できる。標準化を進めて,この色素を使わないと,このDVD-Rの標準に合致する特性が出ないという仕掛けです。そういう技術的な縛りを入れないと,あっという間に台湾やインド,中国に取られちゃいますね。

 我々は多岐にわたるものづくりをやっているので,秘伝のたれの強さがよく分かります。典型的なのが医薬品。強力な特許さえ持っていれば,誰もマネができないので10年間ずーっとエンジョイできます。

 秘伝のたれ的な強みを持った事業は多くの場合,扱う量は少ないですが利益率は大変高い。反対に,化学の著名な研究成果を用いたような,技術の内容がオープンで,プロセスも触媒もほとんど分かっている分野は誰でもできるので,利益率は低いけれど量的なうまみはある。どちらを採るかといったら,我々の場合は両方やります。それぞれにリスクがあるので,平準化するためには片方というわけにはいきません。