日本の製造業はいうまでもなく,環境問題への対応が迫られている。その一方で,本連載コラムの統一テーマである「競争力」の強化も大切である。この二つはやり方によってはトレードオフになりがちだが,どちらか一方ということではなくて,両者を同時に達成することが大切であろう。または,両者のバランスをうまくとる工夫や戦略が大切だと考えられる。しかし日本では,このバランスが崩れてしまう傾向にひょっとしたらあるのではないだろうか---。ある記事を読んで,そんな思いが頭をかすめた。

 その記事とは,『日経Automotive Technology』誌2008年3月号に掲載された「塩ビ再び---バッシング去り,内装材として再評価」である。著者は,自動車技術を長年取材してきた浜田基彦記者(同記者のブログ)。内容は,ダイオキシン問題や環境ホルモン問題などで環境負荷の高い材料として悪者扱いされてきた塩ビ(ポリ塩化ビニル樹脂)の「再評価」が進んできて,日本の自動車メーカーがようやく採用を拡大し始めた,というものだ。

欧州メーカーは使っていた

 この記事を読んで筆者がちょっとショックだったのは,日本メーカーが塩ビの採用をできる限り控えている中で,欧州メーカーはちゃっかり(?)使っていたという事実である。フランスやドイツ車の内装に堂々と使われているという。「欧州では日本ほど激しいバッシングを経験していないため,抵抗感もない。特にアピールはしないが,隠すわけでもない」(同記事p.94)とのことだ。環境問題には厳しい目を持つと言われる欧州でなぜ当時は環境に悪いといわれていた材料が「抵抗感なく」使われていたのだろうか・・・。

 特に,欧州メーカーの高級車種には,パウダースラッシュ成形法による塩ビ表皮材を使った内装品が採用されている。本皮シボ模様などを造りこんだ金型を加熱して回転させ,そこに粉状の塩ビを投入することによって表皮材を作る手法だ。シボの転写性が高く,大型で複雑な形状を成形できるために,高級品として使われているのである。そして,フランスのある内装品メーカーは,パウダースラッシュによる成形品で世界のトップシェアを持っているという。

 それに対して,日本メーカーは最近になって塩ビ製内装品の採用を拡大し始めているものの,これまでは内装にはほとんど使われず,電線の絶縁材や床下の保護材など,どうしても塩ビでなくては難しい場所にしかたなく使われているに過ぎなかった。

日本もやっていたパウダースラッシュ

 しかし,時間をもう少し遡ると,80年代には日本の内装品メーカーも塩ビ製内装品を活発に開発・製造しており,自動車メーカーも採用していたのである。筆者は当時,材料雑誌の記者として材料メーカーや内装品メーカーを取材していたが,記憶が正しければ,日本の内装品メーカーは,優れたパウダースラッシュ成形技術を持っていた。フランスの内装品メーカーがトップシェアと聞いて,日本メーカーは開発をストップしているうちに技術競争力の面で抜かれてしまったのか・・・と複雑な思いにとらわれる。

 当時(今でもそうかも知れないが),日本メーカーが注力していたのが,塩ビと同じ品質の表皮材をTPO(オレフィン系熱可塑性エラストマー)という材料で実現することであった。浜田記者の記事に,塩ビは「見てシットリ,触ってサラッと」という風合いに定評があるという記述があるが(p.94),筆者もまさに取材当時同じようなことを聞いた。TPOもかなりいいところまではいっているとは思うが,この塩ビの風合い,とくにパウダースラッシュ成形による塩ビ表皮材の風合いをTPOで実現するのは難しい,と20年ほど前に開発者たちが言っていたのを思い出す。