ハッカーを取り込むべきか

 iPhoneを巡るユーザーの動きでもう一つ特徴だったのは,iPhoneの上で動作するソフトウエアを独自に開発するハッカーが続出したことである。iPhoneの発売当時,Apple社は第三者が開発できるiPhone向けのアプリケーション・ソフトウエアを,Webブラウザー上で動作するものに限っていた。これに飽き足らなかった一部の開発者は,iPhone上で動くアプリケーション・ソフトウエアの開発ツールをApple社に無断で整え,インターネットで配布した。この動きに押されて,Apple社は2007年12月にiPhone用アプリケーション・ソフトウエアのSDK(software development kit)を提供すると表明。2008年3月にSDKのβ版の提供を始めた。それでも,Apple社が加えた制約を解除しようとする動きは後を絶たない。これから登場するネット端末でも,人気が高い製品ほど同様な状況に巻き込まれることは容易に想像できる。

iPhoneの地図機能の画面
iPhoneの地図機能の画面

 このような開発者の存在は諸刃の剣である。パソコンのように,端末上で動くソフトウエアを自由に開発できる環境を整えれば,開発者の数は劇的に増えるだろう。その結果,利用できるソフトウエアやサービスは豊富になり,端末の魅力は増加する注3)。一方で,コンピュータ・ウイルスなどによりユーザーのデータや機器が危険にさらされる可能性は高まる。

注3)サービスの主体がWebサイト上にある場合でも,端末側にあるクライアント・ソフトウエアと組み合わせることで,Webブラウザーでアクセスする場合よりも使い勝手を高めることができる。実際Apple社は,Webブラウザーでアクセスできる「Google Maps」と,専用のクライアント・ソフトウエアを組み合わせることで,iPhoneの地図の機能を実現している。

 既存の携帯電話事業者は, 携帯電話機で実行できるソフトウエアを配布する場合には,開発者に認証機関の審査を義務づけるなどの対策を採っている。Apple社の態度も同様だ。SDKに基づいて開発したソフトウエアの配布窓口を同社のオンライン・ストアに限り,開発者に登録を要求するなど,ソフトウエア開発者を管理する姿勢を打ち出している。「他の携帯電話機では,深刻なウイルスが既に見つかっている。中には,知らぬ間に携帯電話ネットワーク経由で広まったものもあった。携帯電話機の性能が向上すると,悪意のプログラムの危険性も高まる」(Jobs氏)

 Apple社よりも柔軟に対応する可能性があるのがGoogle社のAndroidである。Androidは「インターネットやパソコンの世界の文化を携帯電話業界に持ち込みたい」(米Google Inc.,Director of Mobile PlatformのAndy Rubin氏)1)という理念に基づく。この理念と既存の携帯電話業界の考え方は基本的に相容れない。賞金総額1000万米ドルのアプリケーション開発コンテストを実施しているのも,多くの開発者を引きつけるためとみられる。もっとも,Androidを利用する個別の事業者やメーカーが制約を設ける可能性はあるだろう。

 どちらのアプローチが正しいのかは現時点では不明である。ただし,インターネット端末を作る上で,この問題を避けては通れないことは間違いない。国内メーカーといえども,iPhoneやAndroidを巡る動きを,注意深く見守る必要がありそうだ。なお,iPhoneの評価結果を解説した記事「iPhoneが示唆する機器開発のジレンマ」をTech-On!では動画付きで全文公開しており,あわせてお読みいただきたい。

参考文献
1)「オープン,そして無償,新たな文化をケータイに」,『日経エレクトロニクス』,2007年12月17日号,pp.59-60.