「ゼナ」のある事情

 気鋭のデザイナーである佐藤卓氏から、こんな体験談をうかがったことがある。ある老舗製薬会社から新製品であるドリンク剤のパッケージ・デザインを頼まれたときの話だ。依頼を受けた彼は、まずは今あるドリンク剤を片っ端から買い集め、まずはそのデザイン・エッセンスを抽出することにした。そこで一つの結論を得る。「ワケが分からない」ということだ。内容物をみても、××エキスとか漢方薬らしき漢字の名称とかがずらずら並んでいて、おまけに△△何mg配合とか書いてある。さっぱりワケがわからないけど、何か効きそうな気になる。中には、ラベルに赤まむしがとぐろを巻いた姿がグロテスクに描かれていたりする。でも、このまむしがどううれしいのかさっぱりわからない。そもそも、まむしに赤とか青とかがあるのか。

 彼は、この「ワケの分からなさ」こそが消費者にアピールする重要なポイントであると喝破し、デザインに着手する。目をつけたのは、中世など古い時代にキリスト教で用いられた謎めいた文様。これらをモチーフにしてパッケージのデザインの制作を進めた。

 ところが、製薬会社で開かれた会議では、まったく別の議論がされていた。あるお偉方がこんなことを言い始めたのだという。「オレ、F1のファンなんだよね。名前はセナにして、パッケージにはF1マシンとかをかっこよくあしらえないかなぁ」。そんな思いつきでいいなら、気鋭のデザイナーなどに依頼する必要はないのである。周囲の人たちもそう思ったかもしれないが、偉い方の発言に逆らってそうは言えない。結局は「さすが○○専務、それはすばらしい、さっそく採用いたしましょう」みたいなことになったのだろう。その案が佐藤氏に伝えられた。

 困ったのは佐藤氏である。何とか説得し、F1マシンは勘弁してもらうことにした。で、残った問題は名前。セナでは、いかにも効きそうにない。広く知られた名前だから、「ワケが分からない」というコンセプトにも反する。でも、依頼主の提案もムゲにできない。そこで頭をひねり、セナに濁点を打ち「ゼナ」という名前にして提案したのである。「ゼナゼナとたくさん書いているとナゼに見えてくる。この『なぜ?』というのがワケわかんなくていいでしょ」と彼は笑う。

低い柵を越えられない巨象

 まあ、お偉方を説得できるだけの卓越したプレゼンテーション能力を誇る彼だから笑っていられるのである。CMとかでも、せっかく斬新で「とんがった」ものを作っても、経営幹部が大勢あつまる会議にかけると、たちまち「ゆるキャラ的」になってしまうという話をよく聞く。