すぐ手を出すことはいいことか?

 つまり、こういうことか。新しいことを始める。けれど、思ったように成果が出そうにないと責任をとらされる。それはヤバいと逃げを打つ。できればこっそり「フェードアウト」で。そのうち、一度あきらめた技術が主流になりそうな情勢になる。もちろん英断をもって早期に再参入すれば、再び先頭に立てるかもしれない。けれど、再参入を提案すれば「そもそもなぜやめたのか、誰が決めたのか」と責任論を蒸し返されるかもしれない。それより何より、再参入で失敗したら、それこそ致命傷になる。誰もわが身がかわいいから、その断は下さない。そうしているうちに、取り返しのつかないほどに後れをとってしまう…。

 そんなことを繰り返しつつも、やっぱり新しいものには手を出してしまう。それ自体はそう悪いことではないのかもと思っていたのだが、著名なブロガーとして知られる山本一郎氏はあるコラムでこんな指摘をされていた。「批判を怖れる経営者ほど、古いものをやめるより新しいものに手を出す傾向にある」のだと。

 こういう経営者に限って、利益の伸び悩みを指摘されると『新規事業が足りない』という明後日方向の不毛な結論に行き当たる。いや、違うって。利益の出ない事業からまず撤退するのが本筋であると何度言っても、まだ利益が出ると確定したわけでもない新規事業に手を出したがるのは、新しい仕事に手を出すことは経営者に向けられる批判が少ないと考えられるからだ。

 こんな経営者がいる企業の社員は大変である。山本氏によれば、結局は「手の内いっぱいにもうからない仕事を抱えて、終わらない作業量をこなすために大勢の社員が汗水たらして働き、たいして才能のない経営幹部が大量の事業を切り盛りしなければならない構造となる」。それが行き着くところまでいった挙句、「事業の見直し」とか「研究テーマの見直し」という大手術に着手せざるを得なくなり、例のフェードアウトが大量発生することになるのかもしれない。ああ恐ろしい。

死の谷は保身のたまもの

 と、ここまでは主に企業の経営判断にかかわる問題である。だが、保身力の弊害は、現場レベルでもしばしば見られるのだという。大手半導体メーカーで一貫して研究開発畑を歩み、そのトップとして活躍された方の話である。たまたま米IBMが世界に先駆けて製品化し大きな話題となった銅配線LSIについてうかがったのだが、「銅配線なら弊社でも研究所レベルではずっと前にできていた」とその方は証言されていた。