虚業者が実業者を取材できるか

 「専門誌の記者は専門分野の素人でよいか?」と題した通り、これから書く話は、「日経エレクトロニクス、日経ものづくり、日経マイクロデバイス、日経コンピュータといった専門誌の記者は、読者と同様に各専門分野の玄人であるべきか?」という質問を巡るものである。この質問が出てきた経緯などは、日経エレクトロニクスの雑誌ブログに一度書かれている。本連載に合わせて質問を変えるなら、「技術という実業実学を、虚業である記者が取材して、はたして良いものを書けるだろうか」となるだろう。

 この質問について筆者は記者になって以降、自問自答しており、自分なりの答えを持っているが、それを冒頭に書くと話が終わってしまう。そこで、なぜこの質問を取り上げるのか、改めて経緯から書いていくので、しばらくお付き合い頂きたい。

 2007年9月、エレクトロニクスの世界で著名な経営者が弊社を訪れ、電子・機械系の雑誌記者と意見交換をしたことがあった。この方はもともと技術者であったが、自ら事業を起こし、大変な成功を収めた。弊社内の区分けを持ち出してしまうと、筆者はコンピュータ・ネットワーク系の記者なのだが、この意見交換会には電子・機械系に加え、コンピュータ・ネットワーク系の記者も参加できたので、最後列に座って静かに聴いていた。

 その経営者の話は大変明るく、前向きなものであり、「今日のやりとりは記事にしないように」と司会者から冒頭言われたにも関わらず、職業病から詳細なメモをとってしまった。そのメモを見ながら本稿を書いているが、筆者が一番感銘を受けた発言部分には、手書きで枠が付けられており、さらに目立つように大きな星印まで書き添えてあった。その発言とは次のようなものである。

 「(今日集まっている専門誌の記者の皆さんは)やっぱりメッセージを我々(技術者)に投げて欲しいし、鼓舞して欲しい。時には怒って欲しい」

 この発言の少し前には、「日経エレクトロニクスやマイクロデバイスを読んでいて自分の専門分野について役立ったことは私の場合ない。いくら深堀してもらっても、専門分野については自分のほうがよく知っている。雑誌は好奇心を持って読むもの。自分が知らない世界を素早く、分かりやすく整理して書いてくれると、すごくインスパイアされる」とも話されていた。

 ところが、出席していた記者から、「我々素人がメッセージを送って技術者の方に響くものでしょうか」という質問が出た。その瞬間、筆者は経営者が怒鳴りだすのではないかと心配したが、さすが経営者であり一呼吸おいた後、「素人であっては駄目でしょう。(非常に低次元で駄目な)経済雑誌があるけれど、それは経営をしたことがない記者が書いているから駄目なんだ」と言った。

 この回答だけを聞くと、技術専門誌の記者はそれぞれの専門分野に精通した技術者でないといけない、ということになってしまう。これに近い発言を時折聞く。証券業界のある方から、「日本経済新聞の記者は内規で株の売買ができないそうだが、身銭を切っていない記者が、経済のことをしっかり書けるのかね」と言われたことがある。

 経営者や技術者など実業の世界にいる方から、ものづくりをするわけでもなく商売をするわけでもない虚業の記者に対して投げられた批判について、記者は心して受け止めないといけない。ただし、実際にやってみないと書けないだろうと言われると、それは違いますと申し上げざるを得ない。