次に問題の顕在化の過程である。問題の所在が認識された時点で長期的視点を持っていたならばもっと早く合理的な判断ができたはずで、適切な時期に大胆な解決策を打ち出し得たはずである。それができなかったのは目先の問題処理のコストばかりに目を奪われたたからではなかったのか。

 すぐに感じる痛みは、やがて全身を襲う本格的な痛みよりはるかに小さい。こんなことになぜ気がつかなかったのだろうか。いや、本当は多くの人は気付いていたはずである。だが、短期主義がはびこる社内では長期主義に基づく勇気ある発言ができなかったのではないだろうか。

 そんな90年代から学ぶことがあるとすれば、それは何といっても「短期主義によって長期主義が葬られるようなことは、あってはならない」ということである。

次の一打しか見えない

 地球温暖化問題を論じる時によく出てくる手法が「バックキャステイング」である。

 ゴルフに喩えてみてみたい。アべレージ・ゴルファーの多くは直前しか見ないのだという。目の前の一打しか見ない。ティー・グラウンドに立てばドライバー・ショットを打つことしか念頭にはないのである。しかも何十回に1回しか出ないナイスショットを夢見て。もちろんセカンド・ショットも、同じ思考パターンで打つ。

 ところがプロはそうはしない。先ずグリーン上のパットのしやすさからホール戦略の組み立てが始まる。そのためにはアプローチはどこから打つべきか。そのためのセカンド・ショットは、そのためのドライバー・ショットはと、グリーンからさかのぼってショットを考えるのである。この手順こそがバックキャステイング、つまり目標からスタート地点を振り返りそこまでの道順、ロードマップを決める手法である。

 この手法は、難問題を解決する場合には、漸進主義よりはるかに向いているとされている。漸進主義は手前から議論を始める。すると真っ先に難しさが出てくる。だから議論が一向に先に進まない。ところが、皆で到達すべきゴールを共有することから始めると議論の中身が急変する。壁があってもどうしたらその壁を破れるのかに議論が集中する。難しさを主張するのではなく、解決方法に集中するのだ。課題が難しければ難しいほどバックキャステイングの手法は活きてくる。すなわち、長期主義が短期主義を凌駕するのである。