旧職場の状況がすべてとは思わない。けれど、少なくとも同じ旧電機労連傘下にあったエレクトロニクス・メーカーの状況は、程度の差こそあれ、陰で「御用組合」と呼ばれるだけの性格を備えた存在だったのだろう。少なくとも私は当時、「経営者を監視することよりも、経営者に代わって不穏分子をあぶり出すべく社員を監視することに熱心な組織」と組合をみなしていた。でもまあ、それは過去のことである。だが、それからずいぶん年月が経ったけど「組合の経営者を監視するという機能が強化、健全化された」という話はあまり聞かない。

お願いだからアピールしないで

 こうした状況が変らないのは、技術者が現在の処遇に満足しているからなのだろうか。私には、そうは思えない。先日もこんな事件をネット系のニュースサイトで知り、その意を強くした。

 ニンテンドーDS用のソフト『脳を鍛える大人のDSトレーニング』は、「販売されたDS用ソフトの1割弱は脳トレ」というほどの大ヒットとなり、それを監修した東北大学の川島隆太教授には巨額の監修料が入ることになった。ところが、川島教授はその全額をそっくり東北大学に納めているらしい。英国のニュースサイトによれば、その報酬額は24億円にのぼるという。

 この件に関して、「川島教授は立派だ」との感想を多くのユーザーがもったようだが、『はてな匿名ダイアリー』には、そのこと、さらにはこれが世間で美談として語られていることに対する批判意見が載っていた。こんなことがあると「(技術者や研究者は)好きでやってるんだから、待遇は悪くてもいい」という雰囲気が強まるのではとの危惧である。これを受け、「お願いだから、理系の人間はカネも要らずに趣味だけやってると思われるようなアピールをしないでくれよ」という書き込みもあった。他のブログなどでも、同様の意見をちらほらと見かける。

 当然のことだけど、すべての技術者や研究者が「好きなことをやれるのだから待遇は問わない」と思っているわけではない。それでも、好きなことがやれるなら、まだしも救われる。ところが、現実にはそれさえも許されないことが多いと聞く。

 メーカー時代の、先輩研究者の話である。彼の専門は物性物理で、当時は半導体であるアモルファスSiの研究に従事していた。その知識と理論構築力は周囲の認めるところで、後輩の私なども憧れを抱いていたものだ。その彼は修士で就職していたのだが、ほどなく博士号を取得し、学会でも「顔」になっていった。