東京大学ものづくり経営研究センターは,経営学の先生方が製造業に関する研究成果を落語風に気軽に語る「ものづくり寄席」を週一回,東京丸の内で開催している(開講1回目の様子について書いた以前のコラム)。この1月31日,久しぶりに覗いてみた。演者は,ものづくり経営研究センター特任研究員で経営コンサルタントの水島温夫氏。「レッドオーシャンの元気な魚達~消耗戦を勝ち抜く日本企業~」という演目が気になったからである。普通は「レッドオーシャン」から抜け出すことを一生懸命考えるのに,その中で「元気」だということはいったいどういうことか---。

 「レッドオーシャン」は「ブルーオーシャン」と対になる言葉で,名付け親は『ブルーオーシャン戦略』(ランダムハウス講談社)という本だ。同書では,競争が少なく企業が利益を上げやすい状況を青い海になぞらえて「ブルーオーシャン」,それに対して競争が激しく利益を出しにくい状況を血の海になぞらえて「レッドオーシャン」と名付けている。そして,レッドオーシャンから抜け出すための方策として,競合他社とは違う「価値」を生み出すこと,などを提唱している

 本書はさらに,「価値」と共に低コスト化も達成することが重要だと説く。高い付加価値と低コスト化を両立させる---そんな魔法のようなことがなぜ可能になるかというと,他社と異なる価値だけに絞り込む「集中と選択」によってなしとげるということのようである。

世界の企業はどう棲み分けているか

 どの国の企業が「ブルーオーシャン」または「レッドオーシャン」に位置取りしているかを考えるうえで,水島氏はまず一枚のグラフを示した。縦軸は量産化の度合いであり,下から,規格量産品,中少量多品種品,一品ものと,上に行くにしたがって低くなる。横軸は複雑度の度合いで,左から右に行くほど上がっていく。

 このグラフの中で各国の企業がどのゾーンに属するかを見てみると,日本以外の国はいずれも右上,左上,左下,と隅のほうに位置取りをしていることが分かる。 右上(一品もので複雑度が高い)は,航空機や大型プラント,大規模ITシステムのような大規模な製品である。ここではシステムの構築能力が要求され,欧米企業の独壇場である。左上(一品ものが比較的多く複雑度が低い)は,ブランド品であり,生活大国としての蓄積がある欧州の企業が強い。そして,左下(規格量産品で複雑度が低い)は,デジタル家電やコモディティケミカル品であり,投資力に優れる米国や近年では韓国や中国が強みを発揮している。

「楽して儲ける」=「周辺部に位置取りする」

 面白いと思ったのは,各社が周辺部に位置取りするのは,「いかに楽して儲けるか」を考えた末の結果だということである。「楽して儲ける」という状態を作り出すには,競争がないように他社を圧倒する「覇権」を握る必要がある。そして,「覇権」を握るためにあるのが「戦略」である。

 つまり,周辺部に位置取りできるようにあれこれ考えることが「戦略」であり,その結果として,楽して儲ける状態,つまり,ブルーオーシャンに悠々と豪華ヨットを浮かべるような状況を作り出すのである。

 これに対して,「中央部」は「レッドオーシャン」ということなる。そして,そこにあえて位置取りしているのが日本企業だということである。では,なぜ,「中央部」はレッドオーシャンで,日本はそこにいるのだろうか。

 「中央部」にある製品は,自動車や精密機器,スペシャリティケミカル品といったところだが,量産化の度合いについても複雑度についても中程度である。特徴としては,構成部品・要素がカスタム品であり,各部品を微妙な擦り合わせによってつくっている点が挙げられる。また,右上の大型システムのように一発勝負ではなく,一度市場に投入した製品について顧客からの情報をフィードバックして品質を上げていくという手法を採っている。

 技術サービスを売り物にしているという側面もある。これは完成品というよりむしろ,材料,部品,装置といった上流の企業群の強みになっている。日本企業は,擦り合わせ型のものづくりをする過程で,高品質体質とともに,顧客のニーズを汲み取り,きめ細かなサービスを提供するスタイルを身につけたのである。

 このスタイルは,システム力や過去の資産や投資力という組織の力というよりは各個人の涙ぐましい努力(=長時間残業)で支えられていると水島氏は語る。血と汗と涙の結晶,という意味で「レッドオーシャン」なのである。

50倍の「超サービス」