木崎 本年1月より『日経ものづくり』編集長から,『日経ものづくり』編集委員となった木崎です。さて,今回から3回にわたって,製造業の技術者にとってのモチベーション,そして,モチベーションにまつわるジレンマにフォーカスして議論を重ねてゆきます。第1回目は「お金」という切り口でモチベーションを考えます。お金のためだけに働いてるんじゃない,という人は多いと思いますが,じゃあ,お金はいらないのかと聞かれると,それはそれで困るのではないでしょうか。

木村 『Tech-On!』編集長の木村です。素朴な疑問なのですが,技術者が会社を辞めようと思うときって,給料が少ないとか,もっとお金が欲しいとかと言うことが,本当に辞めたい理由になっているのでしょうか。

木崎 うーん,過去の読者に対して行ったアンケートなどの結果を見ると,ちょっと違うような気がします。

勝力 一番大きい理由は,職場での人間関係がうまくいっていないことではないのでしょうか。

木崎 もともと,お金や待遇の話だったとしても,気持ちや感情の問題にすり変わっちゃうんでしょうかねぇ。組織の中で自分は十分に評価されていない,と思うとがっかりして辞めたくなるのでは。

大黒 自分が納得できる評価を得ることが転職理由だとすると,会社を変えれば評価基準も,評価する人も変わるわけですから自分の能力に見合った正当な評価が正当に得られる可能性はあります。でも評価を「お金」を切り口にして捉えると,転職先の会社は賃金水準,言い換えれば,賃金テーブルが今の会社よりも低く,自分より能力の高い人がもっと安い給料で働いているかもしれないし,自分の給料も今より下がるかもしれませんよね。結局「お金」は,周囲と自分の比較など,閉じた世界での評価にしかならないと思いますけど。

勝力 給料の原資が売上である限り「お金」は自社内だけの相対評価にしかならないことを,大黒さんは言っているのだと思います。会社が変わってしまえば原資も増減し、異なる賃金テーブルの中で評価されてしまうのですから。だから、会社を変わって給料が上がったとしても,必ずしも絶対的な評価が上がったとは言えないことになります。

木崎 ちなみに大黒さんはなぜ転職されたのですか?

大黒 私ですか…,私の場合は,人間関係と言うより,女性関係のもつれが原因でして…

木崎 なるほど,大黒さんらしいですね。

大黒 いやぁ,真に受けていただくと(笑)。本当の理由は,組織の中で自分の居場所がなくなってしまったので,新たな居場所を探しに転職したんです。

木村 本当の理由も,何かリストラ風でちょっと寂しい話ですねえ。

大黒 悪かったですね(笑)。かっこよく言えば,自分が必死になってやっていた大きなプロジェクトがあったのですが,会社がその必要性を認めずに撤退となった。で,虚脱感というか,敗北感から辞めた,と言うことでしょうか。ただし,そのときの経験から言えば,新しい会社の給料が高いと言うのは,確かに転職を後押ししてくれる要因にはなりますね。

勝力 ある意味「お金」は後押しにしかならないと言えるかも知れません。では,なぜ後押しとして「お金」が欲しいのでしょうか? 考えるに,第一は生活するためでしょう。第二があるとすると,他人よりも高く評価されたいという欲求や願望かもしれませんね。

大黒 実際,転職において給料を上げようとすると,賃金テーブルが高い会社に移るか,今までより職級を上げて転職するか,方法は二つぐらいでしょう。賃金テーブルの高い会社に移るというのは話としては単純ですが,そんな旨い転職がそうそうあるとは思えない。そうすると仕事の中身をレベルアップして,職級なり役職なりを上げなければならない。

木崎 一番いいのは,職級なり役職なりが上がって,しかも,やりたいことができることですね。そうすれば,モチベーションは確実に上がる。

木村 でも,そううまくいくものですか? どっちかを我慢しなくてはいけないのが,現実のような気がします。

転職した経験があるか

木崎 製造業の従事者は転職のときに,やりたいことをやる(お金を犠牲にする)か,お金を獲得する(やりたいことは我慢する)かの二者択一のうち,やりたいことを選択しているように見えます。ちょっと古いデータですが,日経ものづくり2005年4月号のアンケート(ものづくリサーチ「技術者のモチベーションの高め方と職業観」)を見ると,回答者のうち転職した経験がある人が35%いて,一方で「生まれ変わっても製造業に就きたい」と思っている人が50%います。直接二択のうちどちらかと聞いているわけではないですし,きちんと分析したわけではないのですが,この回答傾向を見ると転職理由が「お金」とは考えにくいような気がしています。

どのような職種につきたいか

木村 では,転職の直接的な理由が「お金」ではないと言うことは,結局のところ,モチベーションは「お金」では上がらないということになるでしょうか。

勝力 「お金」で上がるのはモチベーションというよりも,背負わなければならない組織と責任ではないでしょうか。逆に言うと,責任の重さに見合う対価が「お金」であると言えると思います。もちろん,その時には責任と一緒に権限もついてきてもらわないと困りますが。

木崎 だとすると,給料水準は責任の重さになるはずですね。

勝力 整理すると,「お金」は責任と権限に連動するものであり,ダイレクトにモチベーションの向上につながるものではない。ただし,責任や権限を通じて仕事にやりがいを見つけられる人は「お金」でモチベーションが上がった様に見えますね。

責任とお金の関係は?