こんなニュースに目がとまった。NHKの新会長に前アサヒビール相談役の福地茂雄氏が就任、職員たちを前に挨拶したのだが、その冒頭に記者らによる株のインサイダー取引問題に触れ「コンプライアンスという当たり前のことから始めなければならないところに、NHKの残念な現実がある」と述べたらしい。

 その「残念な現実」という表現にいたく感心した。何とも深遠かつ繊細な言い回しではないか。「危機的」「絶望的」といったおどろおどろしさはないけれど、「憂慮すべき」とかいった、「まあ気にしてないわけでもないから、そのうち何とかしたいわな」みたいな軽い言い方とも違う。すぐにも抜本的対策を講じるべき状況ではあるという適度な切実さをにおわせつつも、その状況を生み出した張本人をむきつけに非難しているというニュアンスはあまり感じさせない。何とも絶妙である。

 「残念な××」の火元をたどれば千原兄弟か。確か弟の千原ジュニアが兄の千原せいじのエピソードを語るとき、よく「うちの残念な兄が」と言っていた。そのときも「うまいこと言うなぁ」と感心した。ひょっとして福地新会長はそれを知っておられたのか。ていうか、千原兄弟のファン?

いまそこにある現実

 その真偽はともかく、ふと見回してみると、この「残念な現実」というものは、NHKだけでなく私たちの周囲にやたらあるではないか、と気付いた。二大政党が「道路建設かガソリン値下げか」を最大の争点にてしまうという現状など、個人的には極めて残念なことだと思う。もっと身近に放送つながりということでいえば、「地デジ」も相当に残念だ。いや何も「含蓄深いアナログ波が無味乾燥なデジタル波になるのはいかがなものか」などと言いたいわけではない。「地デジ」を口実に、またぞろ不適切な勧誘が行われていることを知り、暗澹たる気分になってしまったのである。

 「またぞろ」とあえて言ったのは、過去にいたく残念に思う状況があったからである。それが登場したのは、もう20年近く前だろうか。タテヨコ比4対3のテレビに代わり、16対9のテレビが大挙して店頭に並ぶようになった。「これから横長画面の放送が主流になる。その未来を先取りするかたちで私たちはこの最新テレビを投入する」というのがテレビメーカーの言い分だったけれど、消費者が身近に聞くのはメーカーの公式コメントではなく、テレビの横で揉み手をしている販売員の話だ。いわく、「これから放送はすべて横長になって、現行の4対3の放送はそのうちなくなる。だから、この横長画面テレビに買い換えないと…」。

 それからかなりの時間が経ったが、消費者が良く見るバラエティ番組や報道番組は、依然として4対3のままである。販売員の説明は、結果として嘘だったわけだ。そして今度は地デジということで、まったく同じ手口が使われているらしい。新聞などによれば、「もうすぐ放送はすべてデジタルになるので、いますぐ・・・」というセールス・トークが蔓延しているのだという。

売り方が贋物を作る

 これらは大きな変化に便乗した手口だが、…(次のページへ