FPD業界再編を加速させる引き金ともなりそうな,松下電器産業・キヤノン・日立製作所の3社連合(Tech-On!関連記事【「この3社は最強の組み合わせ」――,液晶パネル事業提携で日立社長】)。前編で述べたように,3社連合は液晶パネルに関する提携だけでなく,有機ELディスプレイの展開も視野に入れていくとしている。前編では,有機ELについて3社の競争力,そして3社連合の競争力の変化などについて考察した。今回の後編では,有機EL分野で再編が起こるとした場合,どういった企業が再編のキーマンとなるのか,などを占うために,3社以外の技術競争力についても分析していく。

 有機ELパネルやその部材を市場で販売し,市場での売上もしくはシェアを上げていくためには,技術力や製品力,販売力,知名度等様々な要素が必要となる。企業の提携や共同開発などが行われる背景には,こうした要素について企業間に差が生じており,各社が手を結ぶことによって自社の弱みを補完し,強みをさらに強化していきたいという狙いがあると考えられる。そこで,各分野での企業間の技術競争力の差を明らかにし,そこから次の再編の流れとそのキーマンを探っていくこととする。

 分析には,公開されている特許情報をもとにして,特許を保有する企業の技術的な競争力を測る指標であるPCI(Patent Competency Index)を利用する。PCIとは,SBIインテクストラが独自に開発したもので,各特許の注目度などを被引用数や情報提供数などのリアクション数により計測し,個々の特許の質を数値化した指標である。

シャープ・パイオニア連合は高い技術競争力

 図1は,日本を対象として,横軸に件数シェア,縦軸にPCIシェアと件数シェアの差分をとり,有機EL分野全体において特許を多く出している上位20社をプロットしたものである。ここで横軸の件数シェアとはその分野における各社の技術の蓄積を表わし,縦軸のPCIシェアと件数シェアの差分は技術力の質的強さを表している。従って,グラフの右上にプロットされている企業ほど,量質ともに優れた技術競争力の高い企業といえる。


図1 有機ELに関する特許の件数シェアと(PCIシェア-件数シェア)

 図を見ると,各社のプロットは散らばっており,各社の技術競争力もまちまちであると考えられる。こうした中では,技術力が中程度の企業は自力での技術力強化を試みる一方,技術力が低い企業の中には技術力の高い企業と手を組むことにより,技術開発を加速させようとする企業が出てくる可能性があると考える。今回の松下,キヤノン,日立の3社連合が誕生した背景の一つには,松下,キヤノンの豊富な資金力があったとされている。同じように技術力は高いが資金力や販売力などを強化したい企業と,逆に資金力などは十分にあるが技術力を強化したい企業の組み合わせが,今後も生まれる可能性があるのではないか。

 図1では,技術競争力の比較的高い企業として出光興産や三洋電機,技術競争力が比較的低く評価された企業としてはカシオ計算機,富士フイルム,イーストマンコダック,キヤノン,大日本印刷などが挙げられる。

 2007年12月に資本提携してパイオニアの筆頭株主となったシャープも有機ELの開発を手掛けるメーカーの一つであるが,そのシャープも技術競争力はまだそれほど高くない。シャープの片山社長はパイオニアとの資本提携を機に,有機ELの製品化についても共同開発のテーマにしていきたいと語っているようだ(Tech-On!関連記事【「単独では厳しい」,シャープとパイオニアが業務・資本提携した狙い】)。図をみるとパイオニアの有機ELに関する技術競争力は比較的高い。パイオニアは2005年12月,経営不振を理由にアクティブマトリクス型有機ELからの撤退を表明しているが(Tech-On!関連記事【「収益化のメドが立たない」,パイオニアがアクティブ型有機ELパネルの事業化を断念】),有機ELに関し優良な技術資産が蓄積されているようだ。シャープがパイオニアと有機EL分野でも共同開発を本格化させれば,技術力という面でシャープは強力なパートナーを得ることになろう。

 ちなみにシャープは,松下・キヤノン・日立の3社連合誕生の発表と時期同じくして,東芝との事業提携を発表している(Tech-On!関連記事【「シャープの液晶と東芝の半導体を合わせれば,まさに鬼に金棒」】)。東芝は件数シェア0.7%,PCIシェアと件数シェアの差分が0%で技術競争力はそれほど高くはない(件数で上位21位以下のため図1ではプロットされていない)。また今回の提携を一つのきっかけに2009年に予定していた大型有機ELテレビの製品化を見送り,有機ELは中小型に注力するとしている。東芝は東芝松下ディスプレイテクノロジーにも出資をして有機ELの開発を手掛けているが,シャープとの提携を通じて,シャープ-パイオニアとのつながりを強めることで有機ELの技術開発を強化していく可能性もあるのではないか(図2)。

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図2 シャープ・パイオニア・東芝の提携関係

三洋電機は有機ELから撤退だが

 技術競争力が比較的高かった三洋電機は,有機EL分野からの撤退を表明している(Tech-On!関連記事【三洋電機が有機EL事業から撤退,設備は「売却を検討」】)。そこで,これまでの優れた技術の蓄積を巡って各社で競争が起こる可能性があるのではないか。図3には,三洋電機が出願した有機EL関連特許のうち,PCIが最も高かったものの被引用特許を抽出している。赤い線が出ている被引用特許は,左側の三洋電機の特許などを引用して拒絶されているものである。これら三洋電機の特許がいかに多くの他社特許の権利成立を阻止しているかが分かる。

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図3 PCIが最も大きい三洋電機特許の被引用特許群

 一方で三洋電機の特許を引用している企業は,三洋電機と近い技術を研究している可能性があるということでもあり,その特許を獲得すれば,自社の技術開発を加速させられる可能性がある。そこで,三洋電機の有機EL関連特許を引用している被引用特許の出願人と各社の被引用特許件数を調べてみたのが図4である。セイコーエプソンや三星エスディアイ,松下などが特に被引用特許件数が多かったが,図1でみると各社の技術競争力はいずれもそれほど高くない。そこで,こうした企業は,研究開発の効率化と加速という観点から三洋電機の技術資産獲得に乗り出す可能性もあるかもしれない。

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図4 三洋電機特許を引用する特許の出願人と被引用特許件数


    今回の分析条件

    【分析対象の特定(検索条件)】

    ●有機EL全体
    キーワード(発明の名称or要約or請求項)=
    (有機 and エレクトロ and ルミネッセン)or(有機 and EL)or OLED
    ●有機EL材料
    S1:キーワード(発明の名称 or 要約 or 請求項)=
    (有機 and エレクトロ and ルミネッセン)or(有機 and EL)or OLED
    S2:筆頭IPC= C09K11/06 or H01L51/54 or H01L27/28 or H05B33/06 or H05B33/28
    S3:キーワード(発明の名称 or 要約 or 請求項)=
    正孔材料 or 低分子 or 高分子 or 基板材料 or 封止材料 or 正孔輸送材料 or 発光材料 or 電子輸送材料 or 陽極 or 透明電極 or ITO or IZO
    S1 and (S2 or S3)
    ●ガラス基板
    S1:IPC=C03C3 or C03C4 or C03C8 or C03C10
    S2:キーワード(発明の名称 or 要約 or 請求項)=
    ディスプレイ or パネル or 有機EL or エレクトロルミネ or 液晶 or PDP or FPD
    S3:キーワード(発明の名称 or 要約 or 請求項)=ガラス and 基板
    S1 and S2 and S3
    ●有機EL製造装置
    S1:キーワード(発明の名称 or 要約 or 請求項)=
    (有機 and エレクトロ and ルミネッセン)or(有機 and EL)or OLED
    S2:出願人=(アプライド and マテリアルズ)or(アルバック or アルバツク)or 東京エレクトロン or ニコン or キヤノン or 大日本スクリーン or 日立ハイテクノロジー or日立プラントテクノロジ or 芝浦メカトロニクス or ダイフク
    S3:キーワード(発明の名称 or 要約 or 請求項)=製造装置
    S1 and (S2 or S3)
    ※なお、キャノンとニコンを出願人とする特許については、ディスプレイ製造装置以外のものも含まれているため、目視によりノイズ除去を行なった。

    【本分析に利用したPCI指標】
    「他社からの注目度を示すPCI指標項目」に80%,「自社の注力度を示すPCI指標項目」に20%のウェイト付けを行なって各特許のPCI値を算出した後,特許のステータスにより以下のパーセンテージをかけて算出した。
    登録特許:100%,審査請求済み特許:50%,公開済み特許:30%,消滅特許:0%