何だか考えに行き詰まってしまい、とりあえず気分転換にとコンビニに行ってみた。糖分でも補給すれば、しなびた脳もひととき元気を取り戻してくれるのではあるまいかと淡い期待を抱いたのである。それなら、ということで菓子コーナーに行くと真っ先に「チョコレート効果」という文字が目に飛び込んできた。「効果」というワードが、何とも今の気分にぴったりである。

 これだ、と思って買おうとしたら、何と複数のバリエーションがあるではないか。よく見ると、カカオの含有量に応じて72%、80%(荒挽き)、86%、99%の4種類がある。一瞬うろたえたが、すぐに冷静さを取り戻して考えた。「効果」に期待する以上は、やはりそれが一番高そうなものを選ぶのが道理である。「99%しかないではないか」ということで、思い切って購入を決めた。われながら適切な判断である。

 さっそく食べてみた。味は・・・う~ん・・・。思い出した。自分はブラックチョコレートよりミルクチョコレートを好む「味覚がお子様」な人間であった。効果が多少減ったとしても、やはり86%や72%の方が自分の嗜好に合うのではないか。ということで、また買った。まあこれはこれだが、ところで隣にあった荒挽きとは何なのか。そもそも普通に売ってるやつは細挽き?中挽き?挽き方の違いで味に差が出るの?

すっかり嵌められた

 こうして3種類を完食したところで、やっと気付いた。メーカーの思惑にまんまと嵌ってしまったのではないかと。急いでネットで検索してみると、バリエーション戦略の成功事例としてこのチョコレートが挙げられていたのである。私と同じように、「99%の味はわかったけど、86%はどんな感じなんだろう」と気になって、結局は複数種類を買ってしまう人がかなり多いのだとか。カカオ含有量だけでない。パッケージも「ボックス」「ボトル」「ソリッド」の3種類を用意し顧客を誘う。99%はソリッドのみ、80%(荒挽き)はボックスのみで入手可能にするという念の入れようだ。

 「そうかぁ、見事にやられたなぁ」とか独り言を言いながらパソコンの画面に見入っていたら、職場の一角に人が集まり、「おぉー」とか「へぇー」とか騒いでいるのに気付いた。それを泰然と見過ごせないのが職業病というものなのだろう。「なになに、何かおもしろいことあったの?」とか言いつつ駆け寄ってみると、みなの視線の先にあるのはスティーブ・ジョブスの映像だった。米アップル社のイベント「Macworld」でのキーノートスピーチの様子だという。毎年このスピーチでは、話題の新商品、新コンセプトがお目見えする。2007年はiPhoneが話題になった。2008年は、最薄部4mmのノート・パソコン「MacBook Air」が目玉だったらしい。

 何もうちの職場に限ったことではなく、多くのアップル・ユーザー、メディア、さらには競合メーカーの人たちなどなど、多くの場所で多くの人たちがこのプレゼンテーションを見たに違いない。それだけ人気があって、めちゃくちゃ注目度が高い。スゴいことである。感心するのと同時に、「日本メーカーでは、まああり得ないよな」と思ってしまった。思ってから、ふと考え込んでしまう。なぜあり得ないのだろうか。

かたやアップルは

 一つは、プレゼンテーションのうまさ。ジョブスの人間的魅力、ということもあるだろう。でもそれだけか、と考えていて気付いたことがある。バリエーション戦略とは逆に、アピールする商品が実に絞り込まれていることだ。年に1度、これぞという商品を選び抜いて紹介する機会だからこそ注目を浴びるのではないかと。

 そういえば以前、「今年もっとも力を入れる分野は何か」ということを大手の国内エレクトロニクスメーカーに聞いて回る企画を担当したことがある。そのとき、トップに替わってその選定に当たった経営企画の担当者に、こういわれてしまった。「いやぁ、趣旨はよくわかるんですけど、困るんですよね、こういうの。ウチは幅広く手掛けているから、そこから三つとか五つとか選ぶのは不可能ですよ。10とか20ならまだわかりますけど」。それでもあえて選ぶと、選ばれなかった製品の担当部署が「うちのは重要度が低いのね」とか言ってムクれてしまいはしないかという慈悲深い配慮もあったらしい。

 かくかように、日本の大手エレクトロニクスメーカーの場合は、弱電から重電まで、材料・部品からシステムまで、民生用から業務用までと、手広くビジネスを展開しているケースが多く、その製品数は星の数ほどになる。バリエーション戦略なるものが、それに拍車をかけているということか。それに比べれば、アップルの製品数は格段に少ないような気がする。けれど、アップルも立派に大手である。売り上げでいえば、東芝よりやや小さいといった規模なのだ。

それはウォークマンから始まった

 バリエーションで攻めるのではなく、少数精鋭の卓越した製品でもって…(次のページへ