ものづくりの基本は設計である。設計が悪いと以後のすべての工程に影響を与える。ものづくりに関して,生産技術分野,工作分野,品質管理分野,サービス分野からの発言や提言が目立つ理由は,永年おかしな設計の結果で苦労させられてきた経験が多いからであろう。

 しかしもっとも迷惑をこうむるのは言うまでも無く製品を使用する消費者である。そして最近では,製品の廃棄段階までも設計の影響を受けるようになっている。「製品の全ライフサイクルのコストの80%が設計段階で決まる」とも言われる。設計が初期段階であるほど変更や修正が容易でありコストも少なくてすむからだ。

設計者の環境意識が高まる

 ものづくりに対して,環境分野からの発信が多くなったのは,国際連合が1992年にブラジル・リオデジャネイロで開催した第一回地球サミットからである。それ以降日本の有力企業には,従来の「公害対策部門」ではなく「環境推進部門」が続々と誕生した。この環境推進部門が中心となり,ものづくりに直接関わるDFE(Design For Environment)と呼ばれる思想が普及した。

 DFEに関しては後で詳しく述べるが,続いて1994年にはOECD(Organization for Economic Cooperation and Development,経済協力開発機構)がEPR(Extended Producer Responsibility,拡大生産者責任)の理念を提唱した。EPRはすべての責任を生産者に求めたわけではなく,素材の調達から廃棄段階までについて,製品に関わるそれぞれの当事者(Producer)に応分の責任(Responsibility)を求めたものである。とりわけ製品を設計製造した生産者への要求が大きいのは当然であろう。そして生産者の最大の仕事はDFEを実施することである。

 DFEは,ISOの公式用語でありJISでは「環境適合設計」と定めている。最近では「環境配慮設計」などの日本語も良く使われる。欧州では製品を対象にECD(Eco Conscious Designという言葉を使用することも多い。DFEの範囲は広くDFD(Design for Disassembly,易分離分解性設計)の他に,省エネ設計,化学物質管理,減量化・減容化設計,包装設計,そしてLCA(Life Cycle Assessment)の実施なども含まれる。DFEの中でDFDは,リサイクルのために破壊や切断なども考慮している。この点で,分離分解したあと元通りの製品に復元する必要があるDFM(Design for Maintenance,保守容易設計)やDFS(Design for Serviceability,修理容易設計)などとは大きく異なる。

表1
表1 DFEの項目

表2
表2 製品アセスメント実施事例

 表1は,(財)家電製品協会が発行している製品アセスメントマニュアルの中で挙げられているDFEの項目である。全部で14項目があり,これを製品の特徴や各会社の環境方針,経営方針に合わせて各社ごとにさらに細かく規定しているのが実情であろう。表2はある総合電機メーカーの製品アセスメント実施事例である。ここでは100項目以上をDFEにおける評価の対象にしている。

 とりわけDFEが進んでいるのは,資源有効利用促進法(3R法)で指定製品に製品アセスメントが義務付けられている電気電子,自動車産業をはじめとする組み立て産業である。日本のDFEの特徴は,机上の理論だけではなく実際のリサイクルプラントからの情報が製品開発に反映されている点である。家電リサイクル法によって,家電製品を生産者の手元でリサイクルすることが義務付けられたことが大きな波及要因となっている。このような事例は海外では見られない。

 さて,DFEはあまりにも幅広い分野を網羅し,しかも基本的に「規制と制限」の面が強い。このため,設計者に対する負担ばかりが増えて,ものづくりの自由な発想や新規技術の導入を阻害する懸念もある。環境負荷を評価するためにLCAなどを実施すると「Less is Better 」の結論ばかりが先行して,新技術の導入や差別化を目指して日夜開発に励んでいる設計者を困惑させる。また,環境を優先させるばかりで,今回のテーマである「品質」を犠牲にしてしまっては元も子もない。このようにならないためには,DFEを設計開発でどのように生かしていくのか正しい理解が必要となる。今回は材料に関するDFEの事例を紹介しよう。

材質を明示した上で解体しやすく

 日本のものづくりの優位性は設計から工作まで多岐にわたっているが,生産技術と並んで世界のトップレベルにある分野が材料技術である。高分子材料や無機材料,磁性材料をはじめとして多くの素材が日本で改良され,新素材が開発され,素材の応用技術でも世界をリードしてきた。電気・電子製品の新製品は,このような目立たない新素材開発によって支えられてきた。

 DFEの重要項目であるリサイクルを配慮して,使用するプラスチックの種類を縮減したりリスク評価のされた旧来の素材のみを使用したりすることは大切である。と同時に,新素材の開発をさらに促し,その応用にチャレンジすることも当然ながら必要なことである。

 DFEではその製品が使用済みになったときのリサイクル,リユース方法まで設計者が考慮しなくてはならない。ところが製品寿命が10年以上である電気電子製品や自動車などでは,新素材を採用する時点で,そのリサイクル方法が完全に開発されていない場合もあるであろう。複合金属,磁性材料などのリサイクル方法はまだ完全に確立していない。ガラスやカーボン繊維を入れた繊維強化プラスチックは,もはや新素材とは言えないが経済的なリサイクルには今でも苦労している。そしてレアメタルの回収方法も大きな課題である。脚光を浴びているカーボンナノマテリアルや機能性高分子フェノール樹脂などの新素材の応用範囲は広い。現在安全と思われている物質でも,将来の研究によっては環境や人体に影響があることが判明するかもしれない。技術の進歩や利便性と,環境や安全への影響には相反する側面がある。しかし短絡的に新素材やレアメタルの採用に臆病になってはならない。

 解決策が,二つある。一つは材質表示の更なる徹底である。既に実施されているプラスチックの材質表示に加え,新規素材,レアメタルについても製品にその材質を表示するのだ。現在は処理が少し難しくても将来のリサイクル・リユース技術には期待できる。多くの製品の寿命(End of Life)は10年以上先のことである。

表3
表3 プラスチックの材質表示事例

表4
表4 解体表示マークの事例

 二つ目は,DFDの徹底である。スポット溶接や異種材料の一体成形に変わって,ねじや,はめ込み式構造が,再び見直されている。製品がリサイクルプラントに戻ってきたとき,材質別に簡単に分離分解ができる構造である。そして分離分解の方法を,わかり易く標準化された記号で示す解体表示方法も重要である。表3に材質表示,表4に解体表示の事例を示した。

 「DFDなんてやってももうからないし,マークは国際標準化されたら実施するよ」という,保守的な設計者や経営者のつぶやきが聞こえてきそうだ。しかし,世界に先行してDFEの分野でも「De fac-to」化をアピールし世界をリードすることが実は差別化の重要な競争力になる。

 日本の製品は既に世界中で使用されている。リサイクルプラントも国情によりレベルはさまざまであるが既に多数が世界で稼動している。さほど遠くない将来,日本のリサイクルプラントで作業する人は日本語や英語が読めない外国人も多くなるであろう。表示マークは世界共通語でもある。DFEで世界に先行する日本の産業界から,DFDの実施,材質表示,解体表示の普及そしてそれらの国際標準化をぜひ実現したいものである。

著者紹介

上野 潔(うえの きよし)
金沢工業大学大学院工学研究科高信頼ものづくり専攻客員教授(ものづくりと環境担当)
1970年早稲田大学大学院理工学研究科修了。同年三菱電機入社。防衛機器,人工衛星の設計開発を経て1993年から環境推進本部参事,渉外部技術担当部長,DFE講座長,実践LCA講座長の他,各種社外委員会で委員長を歴任。この間,(財)家電製品協会に出向。リサイクルシステム開発部長,リサイクル実証プラント所長を歴任。2006年から国際連合大学「環境と持続可能な開発」プログラムアドバイザー。金沢工業大学大学院東京虎ノ門キャンパス客員教授の他,東京大学マテリアル工学科(マテリアル工学特論),東京農工大学(MOT講座)で非常勤講師を兼任。主な著書(共著):「家電製品のリサイクル100の知識」永田勝也監修(東京書籍),「リサイクルの百科事典」 安井至編(丸善),「インバースマニュファクチャリング ハンドブック」木村文彦編(丸善),「ゴミゼロ社会への挑戦」総合科学技術会議編(日経BP社)ほか。