メディアは危うきに遊ぶ
三つまでしかメディアを使えなくなったら、何を一番に選びますか? そう聞かれた大学生が最も多く挙げたのは、ホームページ・ブログ(30.7%)だった。テレビ番組(30.2%)、携帯・PCメール(16.5%)、新聞記事(11.3%)がこれに続く。ちなみに雑誌・マンガは、6位でわずか2.0%。マンガを除けば何%になったことやら。サントリー次世代研究所が実施した「デジタル社会を生きる若者たち」という調査結果である。
驚いたのは、テレビが首位ではなかったということ。確かに、何だかテレビがつまらない。「歳のせいか」との疑念があるものの、この正月、改めてそのことを感じた。妻に言わせれば「どのチャンネルを回しても、若手お笑い芸人が集まって騒いでいるだけ」。「妻も自分と同じ速度で歳をとったわけだしなぁ」との思いもぬぐえないが、確かにドキュメンタリーとかドラマとか、時間と予算を使って練りこんだような番組はとんと姿を見なくなってしまったような気はする。たまにゲストで有名俳優が出ていると思ったら、新作映画や新番組の宣伝のためだし。ということで、この正月はほとんどテレビを見ずに過ごしてしまった。
視なくなったワケ
何も正月に限ったことでなく、個人的にはだんだんテレビ放送の番組を見なくなっているような気がする。スポーツにしても報道にしても、すべてが演出過剰なバラエティー番組と化しているようで、どうも視る気がそがれるのである。「煽り」も耐え難い。スポーツニュースなどでは、自局が放送する「何とか世界大会」でもあろうものなら「メダル確実」とか「絶好調」とか、やたらめったら過大評価して期待を煽る。で、結果がイマイチだと「1カ月前の練習で足を痛めたようですが、その影響が残っていたようですねぇ」とか、選手に替わって言い訳してるし。それって、試合の前から分かっていたことでしょ。
亀田興毅選手のタイトルマッチのときなんかもスゴかった。思い入れたっぷりの「煽りドキュメント」を試合前にいやというほど見せられる。チャンネルを回そうと思っても「このあとすぐゴング」みたいなタイトルが何度も出るものだから、そのたびに待ち続けた。そして結局、小一時間も「おあずけ」をさせられたのだろうか。そう、テレビ局の戦略にまんまと乗せられてしまったのである。「またきっと」と予測できたので、弟のタイトルマッチは生中継では視なかった。「スポーツニュースでいいや」と思ったのだが、結局はそれも視なかった。その日の晩には、「YouTube」で全ラウンドの試合の様子が視聴可能になっていたのである。
あ、いや、新年早々、テレビ批判をしようと思っていたわけではない。せっかくの節目だから、普段とは違って自身が属する業界のこと、すなわちメディア業界のことを考えてみようと思ったのである。デジタル社会の創出を担う多くの読者の方々にとっても、他人事ではなかろうと思っているが、その業界に棲む私にとっては、生活がかかった、ものすごく深刻な問題である。
致命的な弱点
手始めに、メディアの王座に君臨してきたテレビについて考えてみたい。それが本当につまらなくなってきているとしたら、それには理由があるだろう。たぶんそれは事業収入、もっと突き詰めれば広告収入の減少である。ニュース報道によれば、在京民放キー局5社の2007年9月中間連結決算は、5社中4社で売上高が前年同期を下回り、営業利益は5社とも減益となった。今後も厳しいというのが業界の一致した見方のようだ。
収入が減っても番組枠は減らない。そうなれば、当然の成り行きとして番組制作費は削られ、当然の対処として広告収入確保のための行動がとられる。「もっと低予算でもっと数字の取れる番組を」との要求が制作現場に突きつけられ、営業部隊には「もっと広告主が喜ぶ仕掛けを」という指令が下ることになるだろう。
こういった状況下で陥りやすいのは、「広告主との癒着」と、それに付随する「視聴者へのおもねり」である。それが実際に進行しているかどうかを、私たちは日々テレビの前に座りつぶさに観察しているわけだ。その結果として「何だかつまらなくなった」「何だか信用できないと思うようになってきた」という判断が下されれば、テレビ離れが進む。その結果として広告収入はさらに減り、さらにテレビがつまらなくなるという悪循環に陥る危険性が高くなる。
もちろん、「テレビを視なくなったのは番組がつまらなくなったから」と決め付けるわけにはいかない。そうであっても、代替メディアがなければ依然としてテレビを視聴し続けるしかないからである。言うまでもないことだが、強力なライバルは、インターネットである。直接的な競合者は動画関連サイトかもしれないが、「時間を奪い合う」という観点でみれば、インターネットの普及によって出現したあらゆるインターネット・コンテンツ、インターネット・サービスがライバルということになるだろう。
これも言うまでもないことだろうが、インターネットと比べたときテレビ番組にとって決定的な弱点となるのが、視たいときに視たいものが視られるわけではない、つまりオンデマンドではないということである。もっとも、これは日本的な課題であるということを先日、改めて知らされた。
THE WALL STREET JOURNALの東京特派員の方が教えてくれた…(次のページへ)
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