ますます高精細化する動画のデータを格納するなど,ハード・ディスク装置(HDD)の大容量化へのニーズは衰えることがない。小容量の領域においてはフラッシュ・メモリなどと競合するため,HDDの大容量化は必然とも言える。現在は,Tバイト品まで登場しており,今後の動向にも目が離せない。
 
 「技術競争力の検証」では,今回そして次回の2回に渡ってHDDを取り上げ,特に大容量化に関する技術の競争力を分析する。分析には,公開されている特許情報をもとにして,特許を保有する企業の技術的な競争力を測る指標であるPCI(Patent Competency Index)を利用する。PCIとは,SBIインテクストラが独自に開発したもので,各特許の注目度などを被引用数や情報提供数などのリアクション数により計測し,個々の特許の質を数値化した指標である。

図1
●図1 HDDの大容量化技術に関する特許の出願状況

 図1は,HDDの大容量化に関係する技術の特許の出願件数の推移を見たもの。これを見ると,2000年あたりを境にして,出願件数が急増しているのが分かる。各社が大容量化に向けて注力している様子が伺える。

図2
●図2 個々の技術別に分けた特許の出願状況

 図2は出願された特許の件数を,大容量化を実現する上で有効とされている技術別に見たもの。HDDの大容量化で重要となるのは,媒体の高密度化と再生ヘッドの高感度化。このうち,記録媒体技術では垂直記録方式を採用している「ディスクリートトラック」技術の出願件数が多く,先行しているのが分かる。一方で,「パターンドメディア」,「熱アシスト記録」に関しては課題も多いせいか,ディスクリートトラックほどの件数はない。

 一方,再生ヘッドの高感度化技術としては,「TMRヘッド」と「CPP型GMRヘッド」を取り上げた。出願件数においては,TMRヘッドに関するものが圧倒的に多い。実際に現行の製品において採用されているのもTMRヘッドだ。CPP型GMRヘッドは次世代の技術だけに,今後の伸びが注目される。

図3
●図3 HDDの大容量化技術に関する企業別発明者の推移

 図3は,出願件数の多い10社に関して,その発明者数の推移を見たもの。TDKの発明者数が近年著しく伸びているのが分かる。一方で,日立製作所は2005年は少し落ち込んでいるものの,継続して多くの研究者を投入していると言える。

図4
●図4 HDDの大容量化技術に関する特許の登録件数シェアとPCIシェア

 図4は,やはり上位10社に関して,出願件数のシェアとPCIシェアを比較したものだ。HDD大容量化技術全体の出願件数シェアは,TDK,日立,東芝,富士通の順。一方で,HDD大容量化技術全体のPCIシェアは,TDKが約半分を占めており,技術競争力では圧倒的に優位な立場であると考えられる。TDKは,特にヘッド技術でPCI値の高い多くの出願を行っている。

 二番手の日立は,子会社である米Hitachi Global Storage Technologies(HGST)社の貢献が強く現れている。HGSTは,米IBMのHDD事業部門を買収して設立した会社で,IBMの特許・技術の多くが権利移管されている。最近,HGSTの売却に関するニュースが取り上げられているが(Tech-On!関連記事),その技術力は確固たるものがあると言える。HGST売却の動きは,日立の発明者数の減少(図3)に起因する可能性も少なからずあるのではないか。

 PCIシェアではTDKが躍進し多くの企業がシェアを縮めるなかで,三星電子がシェアを伸ばしているのが注目できる。特許件数は少ないながらも他社が注目する優れた技術を有していると考えられる。

図5
●図5 企業別に見たPCI獲得の推移

 図5は,上位10社に関して,どの年に出した特許がPCIを獲得する要因となっているかを明らかにしたもの。PCIシェアがトップのTDKは1999年,2000年に多くのPCIを獲得しており,この年に出した特許が非常に有効だったものと考えられる。

図6
●図6 企業別に見た特許の登録件数の推移

 図6は,出願件数の推移を年ごとに見たもの。特に目立つのは,2002年以降のTDKの出願数の伸び。2006年に関してもTDKは,早期審査の申請を行っており,大容量化技術の強化に対して大きな意欲を示している。

 2005年の出願件数を観察すると,富士通の件数が増えているのが注目できる。特に上位企業の多くが出願件数を下げている中,富士通は2004年に比較すると約2倍になっている。

 次回の後編では,媒体の高密度化,再生ヘッドの高感度化を実現する個々の技術に着目し,さらに技術力を検証していく。


    今回の分析条件

    【分析対象】→ハード・ディスク装置(HDD)
    1985年以降に出願された日本公開特許公報を対象に,発明の名称や要約中に,「ディスクリートトラック」(106件),「パターンドメディア」(39件),「熱アシスト」(89件),「CPP型GMRヘッド」(60件)及び「TMRヘッド」(222件)のキーワードを含む(同義語も含む)特許を抽出し,分析対象とした。
    図中の項目のうち,富士通グループとして山形富士通を,富士電機として富士電機デバイステクノロジー,富士電機ホールディングスを,キヤノンとしてキヤノンアネルバを,日立グループとしてヒタチグローバルストレージテクノロジーズ,ヒタチグローバルストレージテクノロジーズネザーランドビーブイ,日立プリンティングソリューションズ,日立マクセルを,TDKとしてヘッドウェイテクノロジーズを含むものとする。

    【本分析に利用したPCI指標】
    全分析対象特許に対し,「他社からの注目度を示すPCI指標項目」に100%のウェイト付けを行なって各特許のPCI値を算出した後,特許のステータスにより以下のパーセンテージをかけて算出した。
    登録特許:100%,審査請求済み特許:50%,公開済み特許:30%,消滅特許:0%


川崎昌義=SBIインテクストラ コンサルタント・コンサルティング部長
土屋 亮=同社・コンサルタント・理学博士