技術者が転職先を選ぶときに,何を優先するのか。もし,安定した給与をもらうことより,好きな研究をしたいということを優先するのなら,転職先として中小企業が有力な候補として上がってくるだろう。もし中小企業のメインの業務が自分の専門とぴったりならば,大歓迎されるはずだ。企業として方向性を決定するのに,時間が掛からないのも中小企業の魅力だ。

 今回は,そんな中小企業に転職した技術者の話を紹介する。しかし,彼の場合は,決してハッピーエンドで終わったわけではない。

中小企業に転職,そして連絡が途絶える

 彼は大手製鉄メーカーの環境機器開発部門で課長職を務めていた40歳台のエンジニアだった。その彼が転職を考えている,是非転職先を探して欲しい,との依頼を受けた。話を聞いてみると,転職の理由は職場の人間関係とのことである。彼にそこまでの決意をさせた正確な情報は持っていない。ただし,彼の会社のように非常に強いメインの事業(この場合は製鉄)を持っている企業では,メイン事業とは違った事業部で働く社員が,メインの事業部門出身の上司とあつれきを起こす,という話は枚挙にいとまがない。

 彼が大手企業出身ということもあり,転職先も大手企業を中心に探した。しかし,なかなか適当な案件がなく,まずは北陸地区が勤務先となる環境装置を開発している中小企業を紹介した。勤務地のこともあったので,当然一蹴されるだろうと思っていたのだが,何を考えたのか面談してみたいとの返事が彼からきた。そして面談の結果転職を決意し,北陸の勤務地へと旅立っていった。

 彼は離婚をしていた。ちょうど,私の子供と同じくらいの年齢の子供がいて,その子供と一緒に任地に赴任していった。そんなこともあり,転職後も時々電話で連絡を取り合い,仕事のことのみならず,子供のことなどいろいろと身の上話などを交わしていた。

 それから1年ぐらい経たときに,彼の携わる事業が不振との連絡がきた。さらにしばらくすると彼は紹介した中小企業を辞職,自分で事業を始めるとの連絡をくれた。そして,その後ぷっつりと連絡がとれなくなってしまった。

経営者の評判をできるだけ集める

 これまで,大企業だけでなく,多くの中小企業にも技術者を紹介してきた。私が感じるのは,大手企業と中小企業では文化が全然異なるということだ。具体的には,中小企業の経営者の中には,経営の調子が悪くなると大手企業では考えられないようなことをする人が多い。

 まったく専門性が活かせない部署に異動させる,突然解雇するなど,事前に交わした約束などは無かったも同然のような仕打ちをする。後になって周辺の人に話を聞くと,彼の場合も事業不振の責任を負わされて,辞職に追いやられたようである。私としては非常に後味の悪いケースとなった。

 中小企業で働く場合,経営者の経歴は十分に調べておく必要がある。もしその経営者が大手企業に勤めた経験があれば,あまり滅茶苦茶なことは言わない人が多い。一方で中小企業しか経験がないような場合,本音と建前を使い分けるのが上手な人が多い。従業員などに話を聞くのはもちろんだが,可能であれば近所の評判なども確かめた上で,本当に自分の就職先として適しているかどうかを判断するのが望ましい。

 もちろん,中小企業が何でも駄目と言っているわけではない。大手企業では味わえない良さを多く持っている。しかし,人の扱いに関して言うと,自己中心的な人が多いので,大手企業ほど人を大事にしないことが考えられ,その点は留意する必要があるということだ。厳しい経済環境で生き抜く中小企業の経営者は,厳しい経済環境を生き抜いていかなくてはならない。当然,そこらの経営コンサルタントが束になってきても敵わないような優れた資質をもっている。中小企業に勤めるのであれば,そういった長所だけを吸収することがポイントだと思う。

 こういったこともあり,私は中小企業に人を紹介する際は,より慎重になっている。そして今でも,独立した彼がどうしているのか気になっている。