「ここが原料の生産基地ですよ」と、自分の大きなお腹を指差し、さすりながらラルス・ラームさんはにこやかに言う。彼はスウェーデンのストックホルムで、下水処理場から回収したバイオガス(メタン)を燃料にしてバスを走らせるプロジェクトを立ち上げて軌道に乗せた人物である。

 下水処理場で発生するメタンガスは、以前はそのまま燃やして処分していた。砂漠の原油基地や化学工場などで見るあの赤い炎も、その類である。ある日、彼はこのガスでバスが走るのではないのかと閃(ひらめ)いた。それから既成概念に凝り固まった上層部を説得するなどさまざまな苦労を重ね、その末にこれを経済的にも成り立つ事業として成功させたのである。今では51台ものバスが下水処理場から回収されたバイオガスで市内を走っているのだという。

 それだけではない。ストックホルム市ではバスが2000台ほど走っているのだが、うち25%が風力、水力、バイオマスといった非化石燃料系のエネルギーを使っている。2025年までにはこれを100%まで引き上げる計画だそうである。ちなみにスウェーデンは、2020年までに化石燃料への依存度をゼロにする意欲的な計画を発表している。

アバウトという許容力

 そんな彼が話してくれた中で、一つ気になることがあった。いわく、ストックホルムでは1台のバスが軽油、エタノール、バイオガスの3種類の燃料を自在に使っていますという話だ。自動車用のディーゼル・エンジンでは軽油を燃料に使うのが一般的、工夫すれば異なる燃料を使っても問題なく動くどころか、かえって燃費が良い場合もあるのだそうだ。

 この話を聞いて技術には素人である筆者の頭にまず浮かんだのは、日本の自動車メーカーはこんなエンジンの使い方を果たして発想してくれるだろうかということであった。日本の技術者は伝統的に、精緻さを追求することを得意としているのではないかと私は思っている。そうだとすれば、逆に「いろんな燃料を入れられる」といった乱暴なエンジンの使い方は許せないのではないか。技術者の誇りを冒涜するものだと、端から相手にしないのではないかと想像するのである。

 きめ細やかに、ひたすら道を究めるということにおいて、日本の技術者は無類の強みを発揮する。それが、日本の製造業が「品質なら世界一」との評価を勝ち得る原動力になったのである。ただ、こんなアバウトなエンジンの使い方を考えるというのは、どうもその「強み」と反する要素であるような気がするのだ。

マイペンライ

 話は飛ぶが、筆者がかつて駐在していたタイのバンコクでは、人々は万事においておおらかで、すべてがアバウトであった(20年も前の話ではあるが)。約束の時間に自分が遅れても、また相手が遅れても「マイペンライ(かまいません。気にしないで)」。ある時、オフィスのあるビルの入り口の階段を見てビックリしたことがある。地面から3~4段目あたりまでは、どう見ても後から作りたしたような構造になっているのである。はじめは気にも留めなかったのだがどうしても腑に落ちないので聞いてみると、何とビルの完成後に、地盤沈下が進み階段が浮いてきたので継ぎ足したのだと、それが当然のことであるかのように言う。

 長年住み慣れたニューヨークでも、似たような経験をした。マンハッタンのイーストサイドにある高層マンションに住んでいた時のことである。寝室でうつらうつらしていた時にあることに気がついた。壁紙に一筋の線が浮かんでいるのである。まるで人の手や顔に浮き出している静脈のように平らな壁の面からそこだけ膨らみ、内側を何か液体が流れているように見えたのだ。そっと指で触るとやわらかく、確かに内側には何か液体状のものが存在しているような感触である。

 いろいろ思案した挙句、試しに針で刺してみた。すると…(次のページへ