今回は『日経ものづくり』2007年11月号の特集「着想脳」を読んで,感じたことをまとめてみたい。

 この特集では,イノベーションを生み出すためには「経験」と「意欲」の二つが不可欠であると述べている。この場合の「経験」とは多様であるほど良く,すなわち要素があればあるほど様々な組み合わせを試すことができ,その結果,イノベーションが生まれる可能性が高くなる。そして,これらの要素と要素を結びつける役割を果たすのが「意欲」なのだそうだ。

「経験」の多様性は「意欲」を失わせる

 イノベーションが,経験の組み合わせから生まれるという観点は,なるほど確かにそう思う。良くイノベーションをインスピレーションと勘違いしてしまいがちだが,実は決してそうではなく,記憶の引き出しから,知識や経験を取り出し,組み立てることでイノベーションとなるのであろう。

 しかし,その一方で,多様な経験は“個人”のイノベーションを阻害する要因でもある,というのが筆者の見解だ。理由は二つある。

 一つは,経験が多様化すれば,感動が薄れてしまうということ。もちろん,いつでも,どんな経験にでも感動できれば,脳が活性化されイノベーションまで到達できるかもしれない。ただ,多様な経験を蓄積すればするほど,新たな経験に対して感動が薄れてしまいがちとなる。ともすると,新たな経験を当たり前のこととして受け止めてしまい,逆に自らの経験から生まれる先入観によってチャレンジする「意欲」を消してしまいかねない。

 もう一つは,積み重ねた経験は意欲そのものを失わせる原因にもなるということ。すべてを自己裁量で決められる立場ならいざ知らず,サラリーマンは会社という組織の中で動いている。つまり,組織(部門間,上下間)の利害関係の中で物事が決定されるため,サラリーマンとしての年齢を積み重ねるほど,どうにもならない「理不尽」なことも経験してしまう。

 その結果,「これを提案しても」「そんなことを企画しても」と,経験から生まれる割り切り(裏返せば諦め)が意欲より先に立ってしまう(この割り切りが,サラリーマンとしての処世術でもあるのだが)。たとえ記憶が多様になったとしても,同時に割り切る能力も長けてくる。こうなると,いくら経験を積んでもイノベーションまで到達しないのだ。

 “個人”のイノベーションが「経験×意欲」で成り立つとき,(1)経験は大切,しかし,自らが刺激を受けなければ,経験は活性化しない(2)組織の中での経験は,一方で意欲を失わせる原因でもある ―― 裏を返せば,経験が不足している場合の方が「意欲」も高いと想像できるのだ。

「意欲」は自らの意思で高めるもの

 次に,組織の中における個々のイノベーションについて考えてみる。企業が成長する糧として,“個人”の創造性,つまりイノベーションを求めることは時代の趨勢であろう。しかし,会社という組織の中で働く限り,自由奔放にイノベーションを求めて良い訳ではない。組織の一員として,与えられた目標を達成するため,定められた範囲の中からイノベーションを生み出す必要がある。

 筆者は,組織が目標に向かって個々のイノベーションを持ち寄ることを,「4角錐」のイメージで捉えている(右図参照)。Z軸の頂点を目標,底辺を成すX軸とY軸のそれぞれが「技術の多様性」と「個々の多様性」だ。この4角錐は底辺が広くなればなるほど安定する。そして,安定すれば高い目標を掲げることができるし,達成する可能性も高くなる。これが,会社が狙っている理想の姿ではないだろうか。

 この目標は,会社組織が狙う目標であって,個々が思い描く目標とは一致しないかもしれない。いや,むしろ,異なる場合の方が自然だろう。そうなると,自分が「やりたいこと」と「やれること」に大きなギャップが生じてくる。この狭間の中で,いかにして自らの意欲を高めることができるかが,個人に課せられた命題であり,組織としてイノベーションを実現する鍵でもある。

 そこで,自らの意欲を高める方法だが,それは徹底的に「自分の努力は何のためなのか」を考えることに他ならない。会社,家族,昇給,顧客,環境,誇り,探求・・・・・。困難な状況(会社の理不尽さ)や,困難な課題(簡単には解決できない問題)に立ち向かい続けるためには,目先の行動ではない「何かのため」という力強い意志が必要になる。簡単に挫けない(簡単に諦めない)ためには,「目線を,志を」高く持つことが重要なのだ。

 サラリーマンでいる限り,組織に与えられた目標に対して,(1)自らの多様性を最大限に発揮しなくてはならない(2)そのために必要な意欲は「自分で持ち続けるもの」である ―― 要するに,高い志があればこそ,イノベーションに到達するのである。

組織としての「経験×意欲」を構成する

 しかし,「意欲は自分で作るもの」と書いてはみたものの,そう簡単に個々の意欲が高まるものではない。現実に目を転じれば,守るものが増えるにつれ,目線が内に向くのも事実である。では,組織としてのイノベーションを実現するには,どのような策が必要となってくるのか。個人に「経験×意欲」の双方を求めるのが困難であれば,組織として「経験×意欲」を高める方策を考えればイノベーションの可能性は高くなる。つまり,組織全体として「経験」の多様性を求めるだけでなく「意欲」も組織として補完するのだ。

 以下は,井戸端会議の議論においても主張したのだが,イノベーションを求める組織には,幅広い年齢層の人員を配置する方法が有効だ。20代に代表されるようなチャレンジ精神旺盛な若い世代,そして長年に渡って実務に携わった経験豊かな世代を,イノベーションを求める組織に混成させるようにする。意欲がある若い世代には経験が乏しい。その乏しい経験を中堅以降の世代が補うのである。

 このように,複数の世代で組織を構成し相互補完させれば,組織全体として多様性のある「経験」と,イノベーションにまで昇華させる「意欲」の双方を高めることができる。実際の場面では,特別プロジェクトやタスクを組むのも一つの手だ。

 しかし,見逃してはならないのが,決して人材を集めただけでは効果が期待できる訳ではないという点である。ここで難しいのは,世代を超えた多様な人材をまとめて,同じ目標に向かわせることだ。各人がばらばらでは,組織として「経験×意欲」という4角錐を最大化することができない。

 そこで,クローズアップすべきなのがリーダーの存在だ。混成組織をまとめるには,他人の意見を尊重した上で,結論が出るまで話し合うことが重要。しかし,意見が食い違う中で,当事者同士だけで結論まで導き出すことは極めて難しい場合がある。世代が違えばなおさらである。そこで,異なる意見を一つにまとめあげるのがリーダーの役割なのである。

 リーダーに求められるのは議事進行を円滑にすること。つまり,相反する意見に対して行事軍配を的確に行い,世代を超えたメンバー全員を納得させることだ。一方で,この行事軍配を刺し違えてしまうと,リーダーへの批判のみならず,各メンバーの意見が乖離し(世代間,部門間),その結果,「意欲」も失われ,イノベーションのための組織は崩壊することになりかねない。結局,リーダーがどれだけのリーダーシップを発揮できるのかが,イノベーションを成功させる鍵となるのである。

 イノベーションに不可欠とされる「経験×意欲」は,個人単位で完結することが困難であるからこそ,(1)組織として多様性を高め,「経験×意欲」を構成する(2)ただし,そこからイノベーションが生まれるかはリーダー次第 ―― ということになる。

社内の人材しかリーダーにはなれない

 では,個人の力ではなく,組織として「経験×意欲」を構成し,イノベーションを実現しようとする場合,以下を確保し,準備する必要がある。

(1)多様な技術者,経験者の確保
(2)活力&意欲のある人材の確保
(3)組織としての場と目標の提供
(4)組織を統括できる人材の確保

 ここで注意して頂きたいのは,(1)や(2)は「社外登用」を活用することで人材不足を補うことが可能であるが,(4)は社内事情に精通していない人材を活用しても横断的な組織(世代間,部門間)を統括できないので意味を成さない。このため(4)には,どうしても,社内の人材を登用する必要がでてくる。逆を言えば(4)を担う人材を社内で確保できなければ,イノベーションのための「4角錐」は構築できない。

 結局,多くの企業がイノベーションを達成できないのは,リーダーを確保できないことにある。この視点に立ち,リーダーシップの読み物として『日経ものづくり』2007年11月号の特集「着想脳」を読み返して頂くと,イノベーションに関する新しいヒントを得られるのではないかと思う次第である。