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――基礎研究がお仕事とのことですが,具体的には。

小野 エレクトロニクス用の材料,特にディスプレイなどに使用される有機材料の界面制御に関する研究をしています。界面の制御技術は,エレクトロニクス分野や半導体分野では非常に重要です。無機系の研究はよく行われていますが,高分子の薄膜,それもnmレベルといった薄膜の界面については,あまり研究されていないんです。

小野 昇子さん 三井化学
研究開発部門
マテリアルサイエンス研究所
先端技術ユニット 主席研究員
理学博士
小野 昇子さん(1994年入社)

――学会発表なども多いんですか。

小野 はい。企業の研究者ですから,アカデミックな学会ばかりではなく企業が主催するセミナーなどにも出席して,世の中のニーズを知ったり,さらに言えばお客様を探してきたりとか,そんなこともします(笑)。

――研究所の雰囲気は大学の研究室と似ていますか。

小野 大学は,自分の研究テーマを掘り下げるのが目的ですよね。でも企業の研究所は,研究結果を開発部隊に渡してマーケットに出すのが使命です。そのためには客観的に自分の研究を知る必要があります。研究所の中ではみんな同じ視点ですから,すぐに分かり合えるんですよ。でも,お客様は全然違うところで仕事をしていますし,見方も違います。相手に分かる言葉で相手が知りたいことを伝え,質問にはタイミングを逃さずに返答する。難しいことですが,逆に面白いことでもありますね。

――研究所には女性が14%くらいいるということですが,入社したころと比べて女性を取り巻く環境は変わりましたか。

小野 私の場合は,入社したときから上司をはじめ周りの方の理解があり,男性女性といった垣根を全く感じませんでした。最近は「わくわく推進チーム」の活動もあってか,「私も,そう思ってた」とか「女性もやっぱり活躍しなきゃ」とか,無意識に感じていたことが表に出てきたんじゃないでしょうか。それに以前は,管理職の女性もほとんどいなかったので,自分が係長になって課長になって…なんてイメージできませんでした。でも今は,田中さんのような先輩がいますから,自分もなれるかなと思ったりします。

――研究をしていて楽しいと思うときは。

小野 基礎研究では,社内に無い技術は外から取り入れなくてはいけませんし,それは国内だけとは限りません。科学や技術をベースにして,世界中のいろいろな人と話ができることが楽しいです。自然科学が対象なので,難しいと感じているところは皆同じだったりします。ですから,その話題がきっかけになって,すぐに友達になれます。自分が発表した論文について,全然知らない海外の人からメールで問い合わせが来ることもあります。自分の研究に興味を持ってもらえたということですから,すごくうれしいです。

――これからの夢や目標を教えてください。

小野 私のアイデアが詰まったものが製品になることです。化学メーカーが扱うものは,半導体のプロセスで一瞬だけ使って捨てられてしまう材料やテープみたいなものが多いですよね。でも,基礎研究は技術の根幹にかかわる最初の部分を扱いますから,基礎研究で何かをつかめたら,いろんな道につながる可能性があると思います。5年後,10年後に何が起こるかは誰にも分かりません。でも,何も見えない状況で「これだ!」というものを見つけるセンスみたいなものが要求される仕事だと思います。そして,いいアイデアを出すためには徹夜なんて絶対しないで,次の日にセンシティブな自分をつくることも仕事かなと思っています。

小野さんは2000年に「原子間力顕微鏡を用いた工業触媒表面解析技術」というテーマで「日本化学会 技術進歩賞」を受賞。2001年に北海道大学 理学研究科で博士号を取得。2003年から2年間,フランスNational Center for Scientific Research(CNRS,国立科学研究センター)で研究を行った(写真右下)。「CNRSでは学生の半分は女性でしたが,教授となると日本と同様で,ほとんど男性でした。ただ,フランスは共働きがすごく多くて,保育施設などは1ブロックに1件あるくらい環境が整っていました」。左上の写真は,小野さんが勤める千葉県袖ケ浦市にある袖ケ浦センターのマテリアルサイエンス研究所。(写真:三井化学)
小野さんは2000年に「原子間力顕微鏡を用いた工業触媒表面解析技術」というテーマで「日本化学会 技術進歩賞」を受賞。2001年に北海道大学 理学研究科で博士号を取得。2003年から2年間,フランスNational Center for Scientific Research(CNRS,国立科学研究センター)で研究を行った(写真右下)。「CNRSでは学生の半分は女性でしたが,教授となると日本と同様で,ほとんど男性でした。ただ,フランスは共働きがすごく多くて,保育施設などは1ブロックに1件あるくらい環境が整っていました」。左上の写真は,小野さんが勤める千葉県袖ケ浦市にある袖ケ浦センターのマテリアルサイエンス研究所。(写真:三井化学) (画像のクリックで拡大)

 女性社員の積極的な採用と環境整備,キャリアアップなどを支援しているのが「わくわく推進チーム」。会長も見ているという同チームのWWWサイトには,各事業所で活躍している女性社員を紹介する「Ms.プロフェッショナル」や,会長や社長などがジャンルを問わずお勧めのものを紹介する「私のお勧め」などユニークな企画がある。「本社のことが初めて分かった」「××さんに親近感がわいた」など,普段接することがない部署や人を知ることができたと,なかなか好評だという。

 このわくわく推進チームでチームリーダーを務めているのが,人事・労制部の田中千穂さん。1991年入社で,以前は研究開発部門に所属し,主に電子情報分野の部材開発に携わっていた。小野さんの先輩に当たる。「小野さんのように研究者として専門性を追求している人もいるし,研究出身でそのときに培った人脈や技術的なバックボーンを生かしている営業の人もいます。研究出身でもキャリアは一つじゃないんです」(田中さん)。