「物質」を応用できる形にしたものが「材料」であれば,「素材」とはその仲立ちをする中間的な形である。一般に,物質から材料,さらに材料から最終製品に至る道のりは決して単純,明快なものではない。新素材を実用化するまでに至る道のりは長く,混沌としている。なぜなら品質を確保する上で,材料自体とその材料を利用した構造物とを完全に分離して考える場合が多く,双方の折り合いを付けるのに,非常に苦労するからだ。

 本来,新素材の実用化においては,設計・製造・評価する上で,素材から最終製品までの流れをシステムとして捉え,このシステム自体で品質を確保するという,明確ではあるが総合的な取り組みが必要となる。本稿では,この取り組みが実践されている「複合材構造システム」をテーマとして取り上げて「素材と品質」の関係について述べていきたい。

“プリプレグ”が品質を保証

図1●素材・基材から最終製品までの流れをシステムとして捉える
図1●素材・基材から最終製品までの流れをシステムとして捉える (画像のクリックで拡大)

 選りすぐった個々に優れた材料を組み合わせて,必要な方向に必要な特性を持つように設計して作り上げる「複合材料によるものづくり」は,まさに総合力が必要とされる。材料・構造・評価・プロセスにまたがって横断的に取り組んだ上で,複合材構造システムとして品質を確保していかなくてはならない(図1)。

 この複合材構造システムの開発と設計においては,多種多様で相反する要求条件の把握が重要だ。強化繊維とマトリックスの選定,成形方法と成形条件の決定,繊維構成と構造形状の決定が相互に絡み合う一連の過程において,高信頼性を確保しながら高機能・多機能を発現するメカニズムを,分析的かつ総合的にとらえる必要がある。以下には,複合材複合システムとして成功した炭素繊維強化樹脂系複合材料(CFRP)を例に取り上げて説明する。

 1970年代に生まれた炭素繊維は,その品質の多様性と製造技術の進歩により,先進複合材料の強化繊維としての地歩を確立していった。我が国の炭素繊維製造技術はその黎明期から世界最高水準を保持しており,国内の3メーカーおよび系列会社による世界シェアは約70%に達している。構造軽量化のためCFRPを最も必要とする航空機では,ボーイング社とエアバス社の熾烈な競争を背景に,従来の二次構造部材から尾翼・床支持材のような一次構造部材に適用が拡大され,ボーイング社の次世代旅客機787では尾翼・主翼・胴体等の構造重量の約50%にCFRPが用いられるまでに至っている。これに伴い,我が国の航空機メーカーの生産比率も全体の35%に増加しているが,これには優れたCFRP構造成形技術とともに低コスト・高効率で生産ラインをまとめる我が国の技術力の高さが国際分業に貢献している。

 このようなCFRPの発展は,品質均一性に優れる「プリプレグ」(樹脂をあらかじめ炭素繊維に含浸させた薄いシート状の成形用中間基材)に支えられている。プリプレグを用いることで,品質保証がしやすくなっているのだ。

図2●BBAでは,各開発段階にて徹底的に品質を保証する
図2●BBAでは,各開発段階にて徹底的に品質を保証する (画像のクリックで拡大)

 このプリプレグが,厳しい品質基準をクリアする源ともなっている。旅客機の安全性確保は型式証明を得なくてはならないので,航空機用複合材構造の開発はビルディングブロック方式(BBA)により行われる(図2)。これは,素材から実大構造まで,成形加工試験も兼ねながら,ある検査期間内には破壊しないことを強度実証試験で徹底的に確認し,保証するという考え方が基本だ。このため,開発された素材に対して,クーポン試験片,構造要素,部分構造,実大部分構造,最終的には実大全機構造の各段階に分けて,静的荷重試験と疲労荷重試験が行われ,膨大な量のデータが取得される。

量産型製品へ適用するために

 航空機のような徹底した品質・信頼性保証を他の輸送機器の分野にそのまま転用することは困難だ。しかし,インプロセスの品質保証をしなくてはならないという,複合材構造システムとしてのあり方は本質的に共通している。最も大きなポイントは,プリプレグの積層という効率の低い製造方式の転換をはかりながら,インプロセスの品質保証体制,ライフサイクルにわたるコストとパフォーマンスのバランスをどうとるかにかかってくる。

 たとえば,航空機の次に期待されている自動車分野への参入については,製造プロセスを転換するうえで,量産車で実現しているほど製造を高効率化できるのか,という点で,大きな技術的課題がある。もともと小型車を中心として低燃費化に自信を持っている我が国の自動車メーカは欧米に比べると,複合材料の採用には消極的であった。複合材料のリサイクル困難性もその一因となっていたきらいがある。

 しかし,昨今は地球温暖化防止新技術への要請が急務となったため,自動車を軽くするためにCFRPの本格採用が再び注目されている。自動車のような量産型製品への応用に際しては,補修,廃棄,再生,コストパフォーマンスを含めた「材料システム」としての最適化が必要であり,開発目標も異なるいくつかの要素技術を包含する多元的なものにならざるを得ない。たとえば,2003~2007年のNEDO「自動車軽量化CFRPの研究開発」では,超軽量・安全設計のCFRP車体を開発するために,ハイサイクル成形技術,設計技術,接合技術,リサイクル技術の4つの課題を掲げている。

 前述したように複合材構造システムの場合には,素材から基材へ,中間基材から複合化プロセスで成形された成形品へ,構造要素から実構造物へと,ミクロからメゾ,さらにマクロに至るまでマルチスケールの一貫した品質保証が要求される。単なる材料置換にとどまらない。複合化プロセスが変わることでも,製品の品質保証,信頼性評価のあり方が総合的に再検討することを迫られる。

 これを実現するためには,「複合材料によるものづくり」の開発・設計・製造の個々の現場において,高機能・多機能の発現のみに捉われていてはいけない。「ライフサイクル設計」の視点から安全・安心を保証する高信頼性の確保を軸として,「複合材構造」の全体像を横断的にとらえられるプロフェッショナルの存在がそれぞれに求められるであろう。

 技術の進歩により,専門の分化がはなはだしくなっているが,複合材料はそれらを再び統合化し,総合力を発揮させる場を提供しているともいえる。複合材料の開発と応用においては,「材料から構造へ」,「構造から材料へ」と複眼的かつ俯瞰的視点をもって,統合化されたアプローチをとることが重要だ。このためにも,地球環境問題も視野に入れたグローバルかつライフサイクルにわたる戦略的発想により,企画・マーケティング・開発・製造技術・品質保証のコンカレントな進行をはかるマネージャー人材の育成が急務であろう。

著者紹介

金原 勲(きんぱら いさお) 金沢工業大学高信頼ものづくり専攻専任教授(複合材料担当)
東京大学工学部講師,助教授,教授を経て,2001年より金沢工業大学教授,東京大学名誉教授。2006年よりものづくり研究所所長を兼務。我が国の複合材料黎明期から,一貫して設計・評価の立場から複合材料を構造材料として実用化するまでの橋渡しをするための基礎的研究を担いつつ,「構造から材料へ,材料から構造へ」と材料開発のシーズと産業界のニーズを結びつけることに様々な面から関与してきた。複合材料界面科学研究会,日本複合材料学会,AACM (Asian-Australasian Association for Composite Materials),強化プラスチック協会,先端材料技術協会(SAMPE Japan)の会長を歴任。2007年よりSAMPE Fellow,World Fellow of ICCM。